夫の教えるA~Z
「やだなあ、心配しなくったって、みんな夏子さんのことは、すごく大事に思ってますよ」

聞き上手を自負するトーコが、珍しく話を遮った。

「夏子お姉さんは、初めて挨拶に行った時、とっても気さくにしてくれました。
…私も最初、とっても不安だったんです。何せ、数週間前に何の前触れもなく結婚を決め…ああ見えてアキトさん、会社では若手一の出世頭で役員確定コース、女子社員からの人気も絶大のハイスペリーマンだったんです」

「…アキト、見栄っ張りだからねー…」

「で、かたや、吹けば飛ぶようなミニマム女子社員の、頼りなさげで実際頼れないトーコ。
今は全くそんなことないんですが、最初は名前を呼ぶのすら躊躇したくらいでして。
…そんな風だったから、お家もひょっとして、近寄りがた〜い意識高い系セレブなんじゃないかと、とても緊張してたんです。
でも、いざ来てみたら、おじさんおばさんもすごくフランクで。我が家と同じで、味噌汁にギョーザも入っていて。お姉さんに至ってはプライベートでも仲良くしてもらったうえ、仕事まで紹介してもらって。
私、お姉さんがいなかったら、知り合いもいない土地で、寂しくってやっていけなくなって、実家帰ってたと思います」

「だって、そんなのは当たり前じゃ?」

「うーん、その当たり前はきっと、たとえ思っていても皆がそうそう行動に移せるもんじゃないと、私はそう思います。
だからね。そんな夏子さんだからこそ、ご両親も、アキトさんも、ましてや松田君だって絶対手離したくないに違いないんです!
私はいい人に恵まれてたまたまラッキーだったんですけど…
でも、そこは、松田君を信じるしかないと、僭越ながら進言させていただきます」

「そう、よね。
確かに、トーコちゃんだって1年前、アキトの我儘で、勇気を振り絞ってこんな遠いところまで来てくれたんだから。同じ県内にある松田家にビビってちゃダメよね。
よし、…頑張ってみるわ。…なんとか…

あ、ねえ。話はかわるけどさ、ウチらにとってはさ、トーコちゃんが来てくれて、ホントに良かったって思うんだ。
なんかさ、私たちのこともあるし…いい風を運んでくれたっていうか、色んなことがいい風に回ってく、なんていうか…ヨウセイさん?座敷わらし?みたいな」

「…何かその褒められてるやら何やら分からないやつ、前にも誰かから言われた記憶が…
ま、いいや。
ねえ、夏子お姉さん」

トーコは半ば眠気混じりに、少し声のトーンを下げて、ポソポソと話し出した。
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