ツインクロス
八年前の事故。それは、少し特殊だった。
夏樹の父親が運転していた車が崖下へ転落するという、大きな事故。同乗者は母と夏樹に扮する兄…冬樹だった。
その日は、夏樹も何度か父に連れられて行ったことがある、父の仕事関係の知人が所有する別荘へ用があって、三人は出掛けて行った。その帰り道、山道の下り急カーブを曲がり切れずにガードレールを突き破り、車はそのまま崖下の海へと転落したのだという。
その事故の瞬間を、後続して車を走らせていた知人が目撃していて、すぐに警察と消防へ連絡が入った。その時点で、本来なら早急に救助活動が行われても良い筈だった。だが、その転落現場は事故の多発地帯であり、その切り立った崖下の海は、入り組んだ地形も関係して、潮の流れが速く複雑で、捜索が難航することでよく知られている場所だった。
そして、運の悪いことに丁度台風が接近中で、普段よりも波が高く荒れていたのだ。悪条件が重なる中、すぐに船やヘリコプターを出動させて捜索することは困難を極め。結局、何も出来ぬまま数日が経過してしまう。
その後、捜索は開始されたが、車の破片等が周辺の海で回収されただけで、三人の乗車していた車も含め、両親と兄に関するものは何も見つける事が出来なかったのである。
それでも、事故後の捜索がいつまでも続けられる訳は無く。結局、生死不明のまま捜索は打ち切られ、身内の中でも、生存の可能性はゼロと判断せざるを得なかった。
そして、そのまま数年が経過し…死亡の認定が確定されたのだった。
この事故での夏樹の何よりの不運は、父の知人が事故の前後に関わっていたことだった。
知人は、『夏樹』が実は『冬樹』であった事情を知らない。その為、事故に遭い行方不明になっているのも長女の『夏樹』だと、公開されてしまったのである。勿論、空手の稽古に来ていたのが、冬樹に扮する夏樹だと疑う者もいる筈もなく…。
ある意味、兄妹の入れ替わりは完璧であったのだが、その為『夏樹』はその日から『冬樹』として生きていくことになってしまったのだ。
「いやだっ!!なんでっ!?」
捜索が打ち切られたと知らされた時、夏樹は伯父を含む大人達に詰め寄った。
「何でお父さんたち、さがすのやめちゃうのっ!?」
親戚や父の仕事関係の者達が集まる中、夏樹は誰に言うでもなく、救いを求めるように言った。だが、殆どの者が気まずそうに視線を逸らし、伯父だけが困った様子で夏樹に視線を合わせて言った。
「冬樹くん、お父さん達が助かる見込みは、もう殆ど無いんだよ。車さえ見付けられないんだ…」
宥めるように両肩を掴まれる。だが、夏樹はその腕を振り払って叫んだ。
「そんなのわからないっ!生きてるかも知れないじゃないかっ!!」
興奮して叫ぶ夏樹を、大人達は憐れんだ目で見つめていた。
夏樹の父親が運転していた車が崖下へ転落するという、大きな事故。同乗者は母と夏樹に扮する兄…冬樹だった。
その日は、夏樹も何度か父に連れられて行ったことがある、父の仕事関係の知人が所有する別荘へ用があって、三人は出掛けて行った。その帰り道、山道の下り急カーブを曲がり切れずにガードレールを突き破り、車はそのまま崖下の海へと転落したのだという。
その事故の瞬間を、後続して車を走らせていた知人が目撃していて、すぐに警察と消防へ連絡が入った。その時点で、本来なら早急に救助活動が行われても良い筈だった。だが、その転落現場は事故の多発地帯であり、その切り立った崖下の海は、入り組んだ地形も関係して、潮の流れが速く複雑で、捜索が難航することでよく知られている場所だった。
そして、運の悪いことに丁度台風が接近中で、普段よりも波が高く荒れていたのだ。悪条件が重なる中、すぐに船やヘリコプターを出動させて捜索することは困難を極め。結局、何も出来ぬまま数日が経過してしまう。
その後、捜索は開始されたが、車の破片等が周辺の海で回収されただけで、三人の乗車していた車も含め、両親と兄に関するものは何も見つける事が出来なかったのである。
それでも、事故後の捜索がいつまでも続けられる訳は無く。結局、生死不明のまま捜索は打ち切られ、身内の中でも、生存の可能性はゼロと判断せざるを得なかった。
そして、そのまま数年が経過し…死亡の認定が確定されたのだった。
この事故での夏樹の何よりの不運は、父の知人が事故の前後に関わっていたことだった。
知人は、『夏樹』が実は『冬樹』であった事情を知らない。その為、事故に遭い行方不明になっているのも長女の『夏樹』だと、公開されてしまったのである。勿論、空手の稽古に来ていたのが、冬樹に扮する夏樹だと疑う者もいる筈もなく…。
ある意味、兄妹の入れ替わりは完璧であったのだが、その為『夏樹』はその日から『冬樹』として生きていくことになってしまったのだ。
「いやだっ!!なんでっ!?」
捜索が打ち切られたと知らされた時、夏樹は伯父を含む大人達に詰め寄った。
「何でお父さんたち、さがすのやめちゃうのっ!?」
親戚や父の仕事関係の者達が集まる中、夏樹は誰に言うでもなく、救いを求めるように言った。だが、殆どの者が気まずそうに視線を逸らし、伯父だけが困った様子で夏樹に視線を合わせて言った。
「冬樹くん、お父さん達が助かる見込みは、もう殆ど無いんだよ。車さえ見付けられないんだ…」
宥めるように両肩を掴まれる。だが、夏樹はその腕を振り払って叫んだ。
「そんなのわからないっ!生きてるかも知れないじゃないかっ!!」
興奮して叫ぶ夏樹を、大人達は憐れんだ目で見つめていた。