ツインクロス
冬樹は、ある小さなアパートに辿り着くと、ゆっくりとその横に設置されている階段を上りはじめた。
205号室と書かれている扉の前で立ち止まると、ジーンズのポケットから鍵を取り出し、解錠して中へと入る。

独りの空間。
それだけで、肩の力が抜けていく感じがする。
(やっと、ひとりになれた、な…)
でも、ホッとする反面。
今まで閉じ込めていた感情が、一息に溢れ出してしまいそうで不安になる。

ひとつ、大きく溜息をつくと。
冬樹は、肩に掛けていたバッグを床に置き、部屋を見渡した。
六畳一間の1K。

(今日から、ここがオレの家…か…)

部屋には、ベッドと本棚と小さな折り畳み式のテーブルのみ。飾り気も何もない…何より物が少ないので、ある意味スッキリとした部屋になった。狭い造りながらも、キッチン、バス、トイレ完備。当然の事ながら、バス・トイレはユニット式だが、そこはあるだけで十分だと冬樹は思っていた。
(贅沢すぎるよな…)
高校生の身で独り暮らしだなんて生意気だと、自分でも思う。
でも、仕方がない。伯父や伯母に迷惑を掛け続けることよりも、正しいことのような気がしたのだ。

冬樹の生活費は、いわゆる親の『遺産』で賄われているらしい。
ただ、冬樹が未成年のうちは、伯父夫婦がお金の管理をしてくれることになっており、冬樹自身はその存在そのものをあまり詳しくは知らなかった。だが、今後も学費や家賃等は勿論のこと、生活に必要なお金も毎月、伯父の家から送って貰えることになっている。
本当に、贅沢な話だ…と、思う。
本来なら…。せめて、家に戻るのが一番自然な形なのだろう。昔、家族で暮らしていた家は、今でもそのまま残っているという。それならば、わざわざアパートなどを借りず、そこに帰ればいいだけの話だった。
だが…。
(オレは、ワガママだな…)
自分は、あの家に戻る勇気がなかった。
沢山の思い出が詰まった、あの場所に戻るのが怖かったのだ。
ゆっくりと本棚に近付くと、そこに置いてあるフォトスタンドをそっと両手に取った。それは昔、家族で出掛けた際に撮った写真だった。そこには、父、母、兄…そして、『夏樹』だった頃の自分も、皆が楽しそうに微笑みを浮かべている。

(お父さん、お母さん…ふゆちゃん…)


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