ツインクロス
「まさや…」

それは、とても小さな声で。
ただ自分の名前を呼んだだけだったのだが、雅耶はその一言でハッとして、動きを止めてしまった。
(泣いてる…?ふゆき…)
今までずっと、泣かなかった冬樹が。泣いている…。
冬樹の頬を濡らしているものが雨なのか涙なのかは既に区別もつかない。だが、声も上げずただ静かに涙を零しているのだけは分かった。
「ふゆき…」
当たり前だ。
悲しくない筈がないんだ…。
「まさ…や…」
泣きたいのをずっと…我慢していたに違いない。
頼る者もなく。
ひとりで。
冬樹は俯いて、雅耶の肩口に額を預けると、声を殺して泣いた。その小さく震える細い肩を、雅耶はそっと抱きしめてあげることしか出来なかった。
一緒に涙を零しながら。

そして、その次の日。
もう冬樹はいなかった。


その雨の日以来、冬樹には会っていない。
冬樹は、何も言わずに行ってしまった。
「でも、あれは…別れを言いに来たんだろうな…」
雨の中佇んでいたその友人の姿を思い出して、ひとつ溜息をついた。
窓を開けたまま、窓枠に頬杖をついて外を眺めていた雅耶は、既に日が落ちて暗くなってしまった夜空を見上げた。

冬樹…。
また、どこかで会えるだろうか。





アパートの一室。

どれだけ、そうしていたんだろう。
気が付くと、部屋の中はすっかり暗くなっていて、かなりの時間が経過していたことを知る。
(気がゆるんでる証拠だ…)
冬樹は、立ち上がるとゆっくりと洗面台の前へと向かった。

鏡に映る自分の顔を見て、思わず溜息が出る。
「ひどい顔…。最悪だな…」
その瞳は真っ赤で、目元もすっかり腫れ上がっている。
(こんなに泣くなんて…)
もう、ここ何年も泣いていなかった気がする。
今までは、気を張っていたから…?
冬樹は蛇口をひねると、冷たい水で顔を洗った。
(ダメだよな、ここで気を抜いてちゃ…)
気を引き締めるつもりで暫く冷たい水を顔にかけ続けた。

オレは『冬樹』だ。しっかりしろ!!

心の中で自分に喝を入れると、頬をパンっ…と、両手で叩いて気合を入れた。気持ち頭もスッキリして、ひとつ大きく深呼吸をすると、タオルで顔を拭いた。

高校に入ったら…。きっと、今までよりも、もっと大変だろうな。
(出席日数もあるし…)
実は、中学ではかなりサボっていた冬樹だった。それに、これからは家のこともしっかり自分でやらなくてはいけないのだ。
(バイトもしたいな…)
出来るなら、伯父さんからの仕送りを使わないでいたい。でも、今の自分にそれだけの力は無いから…。少しでも…、自分で使う分くらいは、自分で何とかしたい。
そう、思う冬樹だった。

明日から探してみるか…。


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