夏を殺したクラムボン



号令を終えた後で沢田は教科書を閉じ、腕を組んで黒板にもたれかかった。



「じゃあ始めるけど、正直に言うと、このクラスは進みが早いから2時間くらい空きがあるんだよ」

「じゃあなんかして遊ぼうぜ。よっしゃ浜田、イス取りゲーーム!」



ムードメーカーの窪田 和樹(クボタ・カズキ)が間髪を入れずに言い、数人が笑い声をあげる。



「ははっ、いいなそれ!やろうぜ」



成海の背後から、浜田の笑い声が聞こえた。



「却下。ちゃんと考えてきてるっての」



沢田は苦笑いをして窪田の提案を却下し、教科書やノートを入れたカゴの中からわら半紙をまとめて手に取る。



「そこで、今日はおれが好きな宮沢賢治の話を持ってきた。『やまなし』っていう物語だけど、知ってるやつはいるか?」



彼の問いかけにまばらに手が挙がる。成海が隣を見ると周も小さく手を挙げており、沢田のことを見ていた。



「もしかしたら“クラムボン”で思い出すやつもいるかもしれない。誰か知ってるやつ、簡単なあらすじ教えてやってくれ」



真ん中の席で、一つの手が挙がる。当てられたポニーテールの少女、真木 莉央(マキ・リオ)は朗読するようにあらすじを紹介した。



「やまなしは宮沢賢治の物語の1つで、2匹のカニが主人公です。2匹が川の底でクラムボンの話をしていたら鳥が飛び込んできて、魚が目の前から連れ去られて、クラムボンが死んだと言います」

「まぁ、そんなもんで良いよ。ありがとう」



沢田は手際よくプリントを配り、やがてそれは成海の手にも届いた。成海は窓際の最前列であるため、プリントが届くのは早い。



浜田に紙の束を回したあと、成海は卓上に広げた紙面に目を落とす。



周が右横で



「クラムボン……」



と呟いた。



< 6 / 116 >

この作品をシェア

pagetop