夏を殺したクラムボン
沢田は全員にプリントが行き渡ったのを確認し、
「成海から1段落ずつ読んでいってくれ。あ、成海はついでに2段落もな」
と指示を出した。
また、僕からか。
成海は気だるげに声を発する。
「『小さな谷川の底を写した
二枚の青い幻燈です……』」
定められた文章を読み終わり、音読は後列の浜田に継がれた。
成海は長々と文字の羅列が印刷されたプリントを睨みつけたあと、窓の外に顔を向ける。
入道雲が渦巻く遠方に向かって、飛行機は空を分断するように白い直線を引いていく。校舎から少し離れた体育館のそばで、青々と茂った桜の葉が木陰を作っている。
窓際は、照る陽光が暑い。
蝉の鳴き声と遠い青空。
代わり映えない、ひと夏の風景。
「『クラムボンは、死んだよ』」
澄んだ、周の声が響いた。
誰かがシャープペンシルを落とし、それは甲高い音を立てて跳ねた。
「『クラムボンは、殺されたよ』」
隅の女子が慌ててシャープペンシルを拾う。
いっさいの物音が、消えた。
周は無表情で、2匹のカニたちの言葉を淡々と読み上げる。
「『クラムボンは、死んでしまったよ』
『殺されたよ』
『それなら、なぜ、殺された』」
背後で、浜田が笑う気配がした。