そろそろ、恋始めませんか?~優しい元カレと社内恋愛~
「紗和、ありがとう。後は自分でセッティングするから」
悪魔のような声…
私は、声につられて、反射的に振り返ってしまった。
「ああああ?」
呆気に取られた顔で、彼とまともに目が合ってしまう。
うげ…
逃げ出そうとしたら、両手でがしっと肩をつかまれた。
「ちょっと、なにするのよ」小さく言う。
「じゃ、後よろしくね」
紗和は、荷物を確認するとそそくさと出て行った。
優人が、諦めずに手を差し出す。
今度は、逃げる前に両手を捕まえられた。
「よろしく、亜湖」
両手を、お縄にされた泥棒みたいにしっかりつかまれてる。
「離して」私は、必死で手を引っ込める。
にこやかに、優等生のお兄さんのような笑顔で言う。
力では、全然敵わない。
「ちゃんと挨拶してからね。先生に相手の目を見て挨拶しろって注意されなかった?」
「やだ。離して…」
手を振り切ろうとしたら、すごまれた。
「亜湖、子供じゃないんだぞ。同じ職場にいるんだ。礼儀はわきまえろよ。俺のこと無視しするなんて十年早い」
小声だけど、さっきから興味津々で、聞き耳立てている由奈ちゃんには、聞こえただろうな。
しばらくにらみ合ってた。
二人で。バカみたいに。
こんなこと、由奈ちゃんの前でやらないでよ。
優人すごい力で私の手を握ったままでいる。
穴があったら入りたい…そう思った。
早く逃げ出したい。
本当に勘弁してほしい。
なんで優人なの。
なんで好き好んで、元カレと隣同士で、働かなきゃいけないのよ。
私と優人の間に、由奈ちゃんが割り込んできたから、優人は手を放した。
「 長井さん。私、由奈って言います。長井さんと働くのすっごく楽しみです。よろしくお願いします」
いつまでたっても優人に紹介してくれない由奈ちゃんが、しびれを切らし近寄って来て、彼の前でいつもより可愛くペコリと頭を下げる。私は、追いやられるように、彼女の後ろに回る。
「ありがとう。こちらこそよろしくね」
由奈ちゃんが、彼に握手をねだり、手大きいですねと言ってはしゃいでいる。
私は、その隙に仕事モードに入り、今あったことをうやむやにしたいと思った。