クールな准教授の焦れ恋講義
「なっ、早川、来てたのか」

 今のは思わず名前を呼びそうになったんだな、と気づいたのは恐らく私だけだ。先生は手早く彼女たちにコピーを配っていく。

「これ、言ったように来週までにまとめてこいよ。さっ、今から大事な打合せをするから、用の済んだ奴は散った、散った」

 手の甲を外側に向けて先生は女子学生たちに出ていくように促す。彼女たちも渋々と重い腰をあげた。

「先生、浮気はダメだよ」

「西本センセーに言いつけちゃうから」

 面白おかしく囃し立てて彼女たちは好奇心の宿る瞳で私を見てから部屋を後にしていく。

「そういえば先生、さっき澤井くんが来てたよ」

 最後の一人が出ていく直前にこちらを振り向いて告げた。部屋の人口密度が一気に下がり、まさに台風が過ぎ去った後のような感じだった。

「タイミング悪いときにすみません」

「こっちこそ悪かったな」

 こういうことは初めてではない。先生に注目する主に女子学生たちが先生の研究室に暇潰しがてらやってくる。毎年新年度が始まるとよく見られる光景だった。

 それにしても今年はちょっとはっちゃけ過ぎてはなかろうか。そんな考え事をしていると前触れもなく先生に抱きしめられた。

「この前は悪かったな」

「いいですよ。というか、誰か来たらどうするんですか!」

 自然と声を潜め離れようとする私を面白がるように先生は腕の力を強める。

「この後、来客予定はない」

 そんなの全くあてにならない、と言いかけたところでいきなり解放された。

「そこまで嫌がることないだろ」

「嫌がってません! 先生が危機感がなさすぎなんです」

 必死の形相を向けると先生は涼しげな顔をしていた。

「そんな必死にならなくても、するなら鍵ぐらいかける」

 何を、というのは怖くて訊けなかったが顔が赤くなったのを悟られたくなくて私は静かに抗議した。
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