クールな准教授の焦れ恋講義
「あの、お代は」

「お代はいらん」

 優しそうな表情のままきっぱりとした声は強かった。

「えっ」

「元々個人的なコレクションの一つでな、あまり売る気もなかったんだ。わしが死んだら好きにすればいいと思っとったが、生きてるうちに自分の好きなようにするのも乙なものじゃろ」

 なんだかその言い方に私は必要以上に動揺してしまった。

「そんな……それなら、和弘くんに渡してあげたほうが」

 すると澤井さんは声をあげて笑いだす。

「和弘はまだ、この本の価値が分からんからな。それにあんたを信用しとる。煮るなり焼くなり好きにしたらいい」

「そんなこと絶対にしませんよ! それにしても……」

 ちらりと横目で和弘くんを見ると思いっきり逸らされた。

「俺はいいんだよ。見れば分かるだろ、こんなにここには本があるんだから」

 和弘くんのぶっきらぼうな後押しもあり、私はおずおずと差し出された本を受けとる。ずっしりと感じる重味は質量分以上のものがあった。

「本当に、ありがとうございます」

 少し変色してざらついた表紙はそれだけの年月を生きてきたのが分かる。

「澤井さん、また資料館から色々とお願いすることがあるかもしれません。資料の貸与だけではなくお話をお伺いしたり。澤井さんのお話、とっても面白くて勉強になりました。だからこれからもどうぞよろしくお願いします」

「もちろん。まだまだ和弘に店を任せて隠居するには時間がかかりそうだし、わしで出来ることがあったら」

 これからも元気で長生きをして欲しい、という意味を込めた発言はきちんと受け取ってもらえたらしい。和弘くんは最後まであまり何も言わなかったけど、それでもこの二人にここで出会えたことは本を得る以上のことを私にもたらしたのだった。
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