クールな准教授の焦れ恋講義
 そして私はここにきたそもそもの理由を思い出した。肝心なことをまだ言っていないことも。

「そういえば、一日早いけどお誕生日おめでとう」

 先生の顔を真っ直ぐに見つめて伝える。こんな風に先生の自宅でこうして祝えること自体が奇跡だ。ふと時計に視線を遣れば九時を過ぎていた。

「あの、明日も来ていい? やっぱり当日もお祝いたくて」

「いい」

 予想以上にはっきりとした物言いで拒否されたことに私は肩を震わせた。

「そっか。忙しいのに無理言ってごめんね」

 調子にのりすぎた、と反省してると突然、腕をつかまれた。眼鏡のレンズ越しに見るその瞳がわずかに揺れる。

「無理を言うのはこっちだ。今日は泊まっていけ」

「え?」

「明日は休みだろ。俺も講義は四限だけだし、会議もない」

「いや、でも」

「当日も祝ってくれるんじゃないのか? あと三時間だ」

 言われたことを理解する前に先生がどんどん話を進めていく。呆然としていると先生が少しだけ怒った顔になった。

「このまま帰したくない。もっと一緒にいたいと思うのは俺だけか?」

 目をこれでもかというくらい見開いて固まってしまった。不貞腐れたように言い放ち先生は表情を崩さない。私は急いで大袈裟に首を横に振った。

「私も一緒にいたい、それから……出来ればもっとキスもして欲しい」

 先生が素直に希望を言ってくれたので、心臓が破裂しそうになりながら私も思いきって言ってみる。先生はお預けをくらったと言ったがそれは私だって同じだった。

 するとつかんでいた手を引かれて抱き寄せられ、唇が掠めとられる。一瞬の出来事に嬉しさよりも物足りなさを感じて離れた先生の顔を自然と上目遣いに見つめた。先生は意地悪い笑みを浮かべて私の反応を窺っている。
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