私を抱きしめて
別れの窓際

その日、私は母に起こされた。
いつも朝は自分で起きるのに。
今日は学校に行かなくていいと言われ、いつもとは違う質素な化粧で柔らかく微笑み、一緒に朝食を食べた。
「ともこ、これで好きなもの買っていいよ」と渡された1万円という大金。
普段はないお小遣いの使い道に困ったが、私は母の手を引っ張り、商店街でメロンパンを2つ買った。
母の好物だと知っていたからだ。
「あとは大事にとっときなよ」と、母はメロンパンを私の手から受け取りながら少し泣いていた。
母はそのあとも遊園地に行きたいか動物園に行きたいかと尋ねてきたけど、私はついに明るい陽が差す日がやってきたのだと有頂天になり、お世辞にもいい思い出があるとは言えないいつものアパートの一角で過ごしたいと言った。
折り鶴をたくさんたくさんした。
折り紙も底を尽きようとした時、母は押入れの奥からゼンマイ式のおさるのおもちゃを取り出した。
愉快そうにシンバルを叩くそれが可愛くて面白くて、私はすっかり見入っていた。
やがてシンバルが止まり、もう一回回してと振り返ると、母はそこにはいなかった。
私は、母に愛されてなどいなかった。
そう確信した瞬間だった。
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