恋の始まりは偽装結婚
「ミズ・ユア、笑顔が出て本当によかった」


 牧師さまはまるで父親のような温かい笑みを浮かべた。


「ミスター・サエキ、彼女はひどく落ち込んでいたんですよ」

「恋人に結婚間際で捨てられたのなら、落ち込むのも無理はないですよね」

 佐伯さんは私に同情の目を向ける。

 あ……新郎役を頼んだだけだから、彼は本当に恋人に捨てられたと思っているんだ。


「恋人じゃなかったんです。佐伯さんと同じ立場です」


 私が端的に説明すると、佐伯さんは呆気にとられた顔になる。


「恋人じゃない?」

「はい。理由ですが……アルツハイマー病になってしまった祖母を安心させたくて、結婚すると言ってしまったんです。病気の進行が思いのほか早くて……私の花嫁姿を見るのが夢だと……祖母は施設に入ってしまいましたから、結婚したことにしてもバレないと思って」


 祖母の話をすると、再び目頭が熱くなってしまうけれど、なんとか堪える。


「もしも彼に会いたいと言われても、長期で日本に出張していると言えば嘘を突き通せると。そのうち病気が進行してしまうから……」


 明るく振る舞いたいのに、しんみりした声になってしまった。


「あ! お時間を取らせてしまいました。これに着替えていただけますか?」


 彼にも都合があるだろう。私は足元に置いていたタキシードの入っている箱を渡す。


「私も髪を整えてきます」


 今の髪型はウエディングドレスに似つかわしくないほど、手をかけていない。

 いつもの肩甲骨までの長さの黒髪をハーフアップにしているだけ。

 両脇にカスミ草を髪飾りにしていたけれど、どうなっているか気になり始めていた。

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