スノウ・ファントム
考えている間に、さっき渡れなかった横断歩道の信号が青に変わる。
(そうだ、塾……!)
自分が急いでいたことを思い出した私は、横断歩道に一歩足を踏み出してから、男の子のほうを一度振り返って聞く。
「あの! 名前……おしえて!」
初めて会ったばかりの、カッコいいけどちょっと変な他校生。
今日はもう話している時間がないけれど、なんとなく、これで終わりにしちゃいけないような気がした。
「名前……か。うーん、とりあえず……ルカってことで」
斜め下の地面を見て少し考えてから、ルカがそう告げる。
“とりあえず”とか、“ってことで”とか……。本名なのかどうか怪しすぎる言い方だけど、今の私にそれを掘り下げている時間はない。
「傘、ありがとう、ルカ! じゃあ私行くね!」
「うん。またね、キナコ」
ひらひらと手を振るルカに背を向けて、青信号が点滅する前に横断歩道を渡り切る。
それからルカの姿をもう一度確認しようと後ろを振り返ると、さっき彼がいた場所にはもう誰もいなかった。
(……何だったんだろ、ほんと)
不思議な男の子、ルカのことがうまく頭で処理しきれないまま、私は塾までの道を急いだ。