ここで息をする
たまに予定が合って航平くんと沙夜ちゃんに会ったときは嬉しかったな……。
幼少期のように同じ練習コースで泳いでいたときとは違い、中学に上がると同じスクールに通っていても微妙に時間帯がずれて二人と会う機会も減ってきていた。
だから、時々会って同じ水の中を泳ぐ瞬間がとても楽しかった。もう今となっては、全部過去のことだけれど……。
「……俺さ、よかったって思ってる」
また意識が手放したものに引き付けられそうになっている私の隣で、ぽつりと航平くんが言葉を落とす。
いつも北校舎に響いている吹奏楽部の音色が今は止んでいて、それは静かな廊下でやけに存在を主張していた。
「映画の撮影って形だけどさ、波瑠がもう一度水泳に関わってくれるようになって俺はよかったって思う。やっぱり水泳が好きならどんな形でもいいから続けて、完全に手放したりなんてしてほしくないって俺は思うから」
「……」
もう水泳なんか好きじゃない――すぐさまそう言えたらよかったのに。
でも言えない。同じ世界が好きで同じ場所に居たこの人に、そんなこと言えなかった。言ったとしても誤魔化せるはずがないことは、十分理解していたから。
ただそんな無意味な嘘が口から出なくても、身体の奥からはミシミシと軋む音が聞こえてくる。
力なく首を横に振って下を向いた。
「……高坂先輩がしつこく頼んでくるから、仕方なく引き受けただけだよ」
「でも、最終的にやるって決めたのは波瑠だろ? 俺は波瑠がそう決めてくれたことが嬉しい」
頼まれたから渋々やることにしたって伝えたかったのに、航平くんの口振りはまるで、私が高坂先輩の信念に突き動かされたことを知っているようだった。