ここで息をする


撮影開始時刻は6時過ぎで、航平くんの部活が終わってここに到着次第始まる。それまでに映研部メンバーと何の予定もない私は先に今日の撮影場所である裏門に来て、それぞれ機材を運んで準備したり一人で台詞の練習をしていた。


「すごいね嶋田さん。今日のシーン分、もう完璧に覚えてるなんて」


まだ沈んでいない太陽の容赦ない光から逃れるべく木陰に避難していた私に、そばで何やら作業をしていた佐原先輩がふと感嘆の声を上げた。

準備をしている人達の邪魔にならないようにと小声で脳内に書き込んだ台詞を音読していたつもりだけど、さすがに近くに居た彼女の耳には届いていたようだ。聞かれていた気恥ずかしさを曖昧に笑って誤魔化す。


「とりあえず覚えたって感じだから、台詞として言えるかは自信ないんですけどね。ていうか、佐原先輩こそすごいじゃないですか。台本見てないのに、私が言った台詞が合ってるって分かるんですから」

「私は脚本が出来たときから、準備や打ち合わせで何度も読んでるからね。自然と覚えてるって感じよ」


動いた拍子に垂れた綺麗な黒髪の一房を耳にかけながら、佐原先輩は何てことないように言った。

でもいくら私よりも先に台本を読む機会があったとしても、私がここ数日の間に台詞を頭に叩き込もうと一心不乱に読み漁った回数よりは少ないと思う。それに集中的に読んだ私とは違って、準備の際などの必要なときだけという不規則だ。

それなのに、私と同じように覚えているなんて……。恐るべし記憶力だ。可能ならば、その台詞を吸収する頭を貸してもらいたいほどなんだけど。

手にしていた台本にちらりと目を向けて、それから静かに息を吐いた。


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