ここで息をする
下手な泳ぎしか出来ない自分へのもどかしさと幼馴染みへの劣等感でいじけている――それが、“ハル”に求められている感情。
たった数秒の動きでも演じることに変わりはないし、ある意味台詞がないのも難しいかもしれない。このあとは動きに加えて喋るのだから、もっと難しいってことだけど……。
「よし、頑張るかー」
それぞれの立ち位置に立ったところで、航平くんは小道具として持っている私物のショルダーバッグと部活用のスイミングバッグを肩にかけ直した。私に笑いかけた顔はすっかり緊張が解けて、むしろだいぶリラックスしているように見えた。
私も小道具として背負っている使い慣れた自分のリュックの紐が捻れていないか確認して、プールの授業がある日に使っているビニール製のトートバッグを持ち直す。
そして航平くんに頷いて答えた。もちろん、頑張ろうという意味の笑みも添えて。
「シーン10―1、始めるぞー!」
坂の下から高坂先輩が声を張り上げる。私達はそれに手を挙げてオッケーのサインを出した。それから撮影開始の合図を担当する高坂先輩に注目する。
「よーい……」
カメラの前でカチンコを構えながら、高坂先輩がこちらに声を飛ばす。スタートが告げられるまでの一瞬、辺りに蝉の声だけがこだましていた。
「……スタート!」
合図と同時に、カチンコがその場の空気を切り替えるように鳴らされる。その様子を直視はせずに視界の端で確認しながら、ゴーサインの音に続くように足を一歩踏み出した。
徐々に日が傾き、夏独特の鮮やかな青から薄紫に移り変わっていく空の下を、航平くんの斜め後ろをついていく形で進んでいく。