また、部屋に誰かがいた
「あ~疲れた~」
マンションを出て、車に乗り込んだ彼は疲れ切っていた。まだ耳の奥がキーンとする。
時計を見ると16時を回っている。
「あ~あ、今日は8軒くらい見て回ろうと思っていたのに…」
マンションの内覧会というものは大概、朝の10時くらいから夕方17時までというのがほとんどだ。
「これじゃあ、あと1軒しか見られないなぁ」
そんな独り言を言いながら、彼は車を走らせた。
30分ほど走って、彼が運転する車は目的地のマンションに到着した。

これまでと同様に入口のインターホンで部屋を呼び出すと、ここも「勝手に上がって来てくださいパターン」
浩二は嫌な予感がした。

エレベーターで上階に上がり、目指す部屋番号を確認した。玄関のドアが開く。

「はあああああ!」浩二は驚いた。

出てきたのは山伏のような恰好をした60歳くらいの男。頭も坊主だ。その隣にもう一人巫女のような服を着た50歳前後の女性が立っていた。なぜか二人とも手に数珠を持っているが、そこで渡された名刺には不動産会社の社員と書かれてある。

「さぁどうぞ。ごゆっくり見ていってください」
「はぁ…」

そのまま踵を返して帰りたかった浩二だったが、促されるまま断ることができず、部屋のなかへ入った。

「ここは築3年ですよ。中古ではなかなかない物件です。だから設備も最新なんです」
「はぁ…」
「リビングも広いし、明るいでしょう!しかも角部屋なので、窓が多いんです」
「はぁ…」

不思議な恰好の担当者の説明に気の乗らない返事を浩二が繰り返していると、突然、

「うううううう!」

巫女のような恰好の女性が急に苦しみだして座り込んでしまった。

「ううう…く…!苦しい…」

すると、隣にいた例の山伏が彼女の背中を強く叩きながら

「ここはお前がいるべき場所ではない!出ていけ!」

そう言うとお経を唱えながら、何度も彼女の背中を叩いた。
やがて、彼女の様子が落ち着くと、いまだゼイゼイといっている息を整えながら座る巫女姿の女性から山伏は離れ、部屋の壁にある窓の脇に「お札」みたいなものを貼り付け、再びそこでお経を唱え始めた。

ようやく部屋のなかが静かになり、お経を唱え終えたらしき彼は浩二の方を向いて

「あと、ここは駐車場も1部屋につき1台分ございますし、当社としましてはお勧めの物件です」

浩二の物件探しは当分続きそうである。






「部屋に誰かがいた」








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