一寸の喪女にも五分の愛嬌を
 さっさと帰ろうと思う気持ちはあるのに、早川さんにキスされてしまったモヤモヤを雨で流してしまえそうな気がして、私はしばらくベンチに座ったままだった。

 唐突にザッと強くなる雨に、公園を抜けて歩いていた人たちが駆け出す。
 近場の店の軒に人が吸い込まれるように入っていく。

 私もゆっくりとベンチから腰を上げたけれど、もうすでにかなり濡れそぼってしまい、こんな姿のまま会社に入るのはためらわれた。

 いくらか迷ってからスマホを取り出し、私は同期の山際に電話を入れる。

 すぐに山際の暢気な『はいは~い、柴崎、どした?』と明るい声が返ってきた。

「まだ社内にいるのかな?」

『いや、もう電車乗るとこだけど、何? 緊急?』

 新婚の山際はとても家庭を大切にしており、しかも奥さんが妊娠初期で体調が優れないため、よほどのことがない限り定時に帰っているので、それもそうだろうと納得する。

 あてが外れいくらかがっかりしていたけれど、私は「ううん、ちょっと確認だったの。ごめんね」と努めて明るく告げて通話を終えた。

 彼が残っているのなら、鞄を持って来てもらえたらなんて甘い考えをしていたことを反省する。

 個人的な連絡先を知っているのは、昭和おやじな課長と同期の山際、そして成瀬の三人だけだ。どれほど他人に関わらないように過ごしてきたのか、自分でも笑ってしまいたくなる。
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