一寸の喪女にも五分の愛嬌を
 私を隠すように稲田さんは腕を絡め、私の返事も聞かずにズンズンと足を進める。

 受付の二人がチラリと私へと視線を投げ、すぐにヒソヒソと耳打ちを始めた。

 また明日には何か噂が流れるのだろうなと思えば陰鬱とした気分になってしまうけれど、今はそんなことよりも早川さんのことや成瀬のことで頭の中がグルグルしている。

 女子ロッカー室で稲田さんのシャツとスカートを借りてひとごこちつく。冷え切った体が乾いた布に包まれて温かくなる。

「ねえ柴崎さん、時間があるなら一緒にご飯食べて帰りませんか?」

 今までの私であれば、一刻も部屋に帰りスマホでゲームをすることを選んでいた。

 事実、さっきまでは今日はガンガン課金して思いっきりゲームをするつもりだった。

 けれど稲田さんの誘いに乗りたくなっている。

 人と一緒の食事なんて面倒だと思うのに、稲田さんとなら穏やかな気持ちでいられるような気がするのだ。そんな気持ちにさせてくれる人だった。

「そうですね、服をお借りするお礼としてごちそうさせてください」

「あら、そんな下心があって誘ったんじゃないんですよ。ダメダメ、そんな気持ちじゃなくて、同僚として楽しく食事に行きたいんです」

 ふふふと笑う稲田さんは魅力的だ。

 彼女に誘われるままに、私たちは駅に隣接するビルのカジュアルフレンチの店に入った。

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