一寸の喪女にも五分の愛嬌を
 しばらく無言の時間の後、稲田さんはワインをグッと飲み干し、ふわりと優しい笑みを浮かべて声を落とす。

「今月中に考えてみない? 柴崎さんにとって悪い条件になんてしないから。一度きりの人生だもの、我慢するよりはどんどん先に進まなきゃ」

 ね、と最後に口元を引き上げた稲田さんは、今まで私が見ていた彼女とは全くの別人のよう。

 いつもの地味な雰囲気はなりを潜め、瞳は輝きに満ちている。

 私のために考えて導き出してくれた稲田さんなりの答え。

 それに乗ってみるのも悪くないかもと、なんとなく思えて来たけれど、やはり即答はできなかった。

「稲田さん、ごめんなさい。ちょっと急なお話で考えがついていかないみたい」

「そうですよね。けれど本当に悪い話じゃないの。私を信じて。柴崎さんなら商社じゃなくてもどんな企業でもきっと活躍できるわ。それに女性役員の多い会社なんかも紹介できるみたいなの。そんなところの方がバリバリとキャリアを積めると思う」


 デザートまで食べ終えて店を出る頃には、雨はもうほとんど上がっていた。

 駅で別れる時、稲田さんはもう一度「よく考えてみてね」と念押しするように告げ、それから胸元で小さく手を振りホームへと消えていった。
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