彼の瞳に独占されています
注文を終え、颯爽と帰っていくお客様を晴れ晴れとした気持ちで見送る。完成したスーツを手渡す時、満足げな表情が見られることを期待して。
一仕事終えて、ふぅと息をつく私に、隣に立つ長身の男性が声をかける。
「お疲れ様。そろそろ時間だから、休憩してきていいよ」
にこりと微笑むのは、フィッティングアドバイザーである永瀬(ながせ)さん。専門的な知識を持つ彼は、お客様の細かいカウンセリングをし、型紙作成も行う私の上司だ。
もちろんスーツ姿も完璧で、ダークブラウンのミディアムヘアもとっても似合っている。端正な顔立ちも、三十ニ歳の大人の余裕や包容力も文句なしで、こんな上司の下で働けることは、幸せ以外の何物でもない。
それほど理想的なのに、なぜ恋に落ちないのかというと、理由は簡単。彼に恋人がいるからに他ならない。
いくら素敵な人でも、泥沼恋愛をする気はないもの。
そんな永瀬さんに、「ありがとうございます」と言って笑顔を向けると、なぜか彼は私をじっと見つめる。
キョトンとして小首をかしげる私に、顎に手をあてた彼はこんなことを問い掛けてきた。
「長谷川さん、もしかして今の彼氏と結婚でも考えてる? ……って、こんなこと言ったらセクハラか」
「へ?」
永瀬さんなら何を言ってもセクハラにはならなさそうだけど……というか、なぜ結婚!?