甘く、切なく、透明な
 僕も、会いたいと思ってたんだ。

 数日考えた挙句、勇気を出して会いたい旨のメールを送った沙耶子に、きっかり二十四時間後、okushimaから返信が届いた。

 場所はどうする? 僕が決めていいのなら――。

 『初恋のきた道』土曜日の朝十時からの回で、座席はFの8。

 沙耶子は何度も胸の中で繰り返して、当日、チケットを一人分買った。okushimaはもう来ているだろうか。けれど、「彼」の手掛かりのない沙耶子には、同じ映画を見る、知らない人々が映るだけだ。

 もう来ていたらどうしよう。

 沙耶子はまだ明るい劇場内を、胸の高鳴りを抑えてゆっくりと歩く。

 H、G、F、ここだ。

 okushimaの姿はそこにはない。

 沙耶子はほっとしたような、がっかりしたような気持ちで8と番号が振られた席に座る。すぐに照明が落ち、スクリーンに光が当たった。映画館のマークが浮かび、そして他の映画の予告編。本編開始までにはまだ十分ほどあった。

 okushimaは来るだろうか。

 沙耶子はふとそう考えて、「彼」が来ない可能性に怯えた。

 それとも、この席に座っているのが「私」じゃないと思って、帰ってしまうなんてことはないだろうか。

 予告編が終わり、いよいよ本編に入る。一瞬静かになり、それから数秒の間、上映中の禁止事項が映し出される。沙耶子はぎりぎりまで切っていなかった携帯の電源を長押しした。そのとき――。

「初めまして、奥島です」

 囁くような、男の声。沙耶子は顔を上げた。暗くなった場内に、奥島の顔ははっきりと見えなかった。

 ジジジ、とフィルムの回る音がして、スクリーンに画が映し出される。

 二人はそれ以上言葉を交わすことなく、映し出された風景をじっと見つめた。
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