毛づくろう猫の道しるべ
「千咲都は頑張りやさんだからさ、夜遅くまで勉強してたんじゃないの」

「ち、違うって。ちょっとネットしててさ」

 また小さな嘘が現われる。

 そうやって嘘に嘘を重ねて、その場を取り繕っていく。

 一体自分はどこへ行こうとしているのだろう。

 人に左右されて自分が定まらないで流されていく優柔不断さに、嫌気がさす。

 だけど変える事はできなかった。

 柚実の前で薄っぺらい笑みを見せている時、教室にまた一人誰かが入ってきた。

 近江君だった。

 静かに自分の席については、人目を気にすることもなく、いつものように本を開いて読み出した。

 人の目を気にしない近江君の態度は、ある意味尊敬の念に値する。

 近江君のように、首尾一貫として自分のしたいままにするのも羨ましいが、一人で友達もなく教室で過ごす勇気など私には到底なかった。

 近江君は上級生に虐められているときも、屈しない態度を見せていた。

 謎だらけな人でつかみどころがないが、芯の強さがあるのはわかった。

 私が近江君の事を考えている時、柚実がくすっと笑ったように思え、キョトンとして柚実を見てしまった。

「千咲都は今思春期なんだろうね」

「えっ?」

 柚実に頭をポンポンと軽く叩かれ茶化された。

 意味もないコミュニケーションだったが、暫しの間平和に思えた。

 そう、希莉が教室に入ってくるまでは──。

「おはよう。雨で鬱陶しいね。あーもうやだやだ」

 少し濡れた前髪を気にして、軽く指で整えながら希莉が私の前にやってきた。

 ドキドキと心臓が高鳴り、同時に緊張してくる。

 これから希莉に手紙を渡さなければならない試練が待っている。

 いつそれをすればいいのか、私はタイミングをじっと見ていた。

「希莉、おはよう」

 柚実と私が挨拶をしても、私達の顔を見ることなくまだ髪の毛を気にしていた。

 手鏡を取り出し角度を変えながら忙しく指先を動かしているが、思ったように決まらず気分が晴れずにいる。

 これは機嫌の悪いサインだった。
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