さよならはまたあとで
布団から上半身を起こすと、霞んだ視界を見回す。何も変わることのない自分の部屋の景色が見えるだけだった。
今日も課題をやって終わるんだろうなぁ。
「ほったらかしすぎだよね」
私はベッドの端に座らせてある少し大きめのクマのぬいぐるみに向かって呟いた。
当たり前だが、クマは返事をしてくれない。
私はもぞもぞと立ち上がると部屋を出て階段を下り始めた。
一階から朝ごはんのいい香りが漂ってくる。
「今日も何もないの?」
部屋に入ると開口一番、お母さんから聞かれるのが夏休み中の朝の決まり。
「おはよう」よりも早いから驚いてしまう。
「うんー、友達と出かけるのはまだ先だし」
朝ごはんが並んだテーブルの椅子に腰掛けながら私は頭を働かせる。
「あ…でも」
「でも?」
私は壁に掛けられたカレンダーを見つめる。
明々後日は、燈太の誕生日だ。
「…燈太の誕生日プレゼント見に行こうかな」
私の弱々しい言葉に、お母さんは切なげな顔をして「そっか」と頷いた。
私が出かける支度をしていると、横からメモが一枚差し出された。
顔を上げるとお母さんが横に立っている。
「これ、おつかい頼んでもいい?」
「いいけど…ここのスーパー隣町だよ?」
私はメモに書かれた店名に目を落とす。
「今日はここすごく安いのよ、お願い」
子供らしく両手の平を合わせて首をかしげる母。
やっぱりどこか憎めない。
私はそのメモを受け取ると、一緒に渡されたお金と一緒に財布にしまった。
「いってきまーす」
トントンと靴を履いて私は外へ出た。
燈太の誕生日、何がいいだろう。
燈太の好きなものを思い出す。
「僕は中村燈太。好きな色は赤。
好きな食べ物はメロン。好きな動物は猫。
次は優恵ちゃん!」
初めて燈太と話した時の、彼の自己紹介が脳裏をよぎる。
明るくて、はきはきした声も一緒に蘇る。
じわりと目元に涙がこみ上げてくるのを、上を向いてこらえる。今日も空が綺麗だ。