さよならはまたあとで
虫の声が蝉から夜の虫たちに選手交代した頃、私たちはそれぞれの家路に着いた。
玄関の燈太との写真をぼんやりと眺める。
あれからもう何年経ったんだろう、と指折り数えていると、背後に気配を感じた。
そっと振り返ると、心配そうにリビングの扉から覗くお母さんの姿があった。
「優恵?」
綺麗な形の眉を八の字にして、ちょっと微笑んでみせる。
「もう、泣かないよ」
そんなお母さんに私は震える声で強がってみせる。
「私、もう、燈太のことで泣くのやめる」
私がにっと笑うと、お母さんはため息を吐いた。
きっと、お母さんには全部ばれてるんだろうな。
コトコトと鳴る鍋の音と、静かに降り始めた雨の音を聞きながら、ソファで浅い眠りに落ちていった。