さよなら、もう一人のわたし
彼らしき靴はあるが、今までのように出迎えてくれることもなかった。
今までとは違う家に来たみたいだ。
「尚志さんは?」
「部屋にいるんじゃない? だらけてばかりだからね。そんなことよりさ」
彼女はわたしの手を引き、リビングに入る。そして、机の上にテーブルの上に置いてある白い冊子をわたしに渡す。ぱらぱらとみて、それが何かすぐわかる。それはわたしが出ると言っていた映画の脚本だったのだ。
「できたの?」
「いくつか修正箇所があって、まだ完成していないけど、京香が読みたいと思って借りてきたの」
「ありがとう」
わたしは弾む心で脚本に視線を落とす。その物語の中に入り込もうとしたとき、階段のきしむような音が聞こえてきた。リビングの扉が開いた。
そこに立っていたのは尚志さんだった。彼はわたしと目が合うと、そのまま出て行こうとした。
「お兄ちゃん、あとで京香を送って行ってね」
「何で俺が」
「もう暗くなるし、危険じゃない」
「いいよ。一人で帰れるから」
わたしは彼からそれ以上の否定の言葉が聞こえてくるのが怖くて、慌ててそう口にする。
「分かった。送っていくよ」