さよなら、もう一人のわたし
 翌日、千春にそれとなく話をしてみることにした。彼女は肩をすくめる。

「他の役はちょこちょこ決まっているみたいよ」

「相手役は知っている?」

「相手役はまだ決定してないけど、目星はついているよ。ただ、断られるかもしれないから、まだ教えられない」
「そっか。キスシーンがあるから気になっていたんだ」

「そういえば残っていたね。まずかった?」

 千春は苦笑いを浮かべていた。

「いいよ。忘れていたけど、知っていたし。でも、わたしは誰ともキスとかしたことないから、最初は好きな人としたいな、って思ったんだけどね」

 わたしの髪を優しい風が撫でる。

「お兄ちゃんなら、それまでにつきあえばいいじゃない」
「そううまくは行かないよ」

「うまくいくよ。大丈夫だって」

 千春は尚志さんがわたしを好きだといまだに勘違いをしているようだ。
 彼女の言葉に背中を押され、家に帰ってから電話をしてみることにした。
 しばらく経って電話がつながった。

「何か用?」

 彼は冷たい口調でそう告げる。

「何もないです」
「それなら切るね。忙しいから」

「電話してごめんなさい」

 そう口にした直後、向こうから電話がきれ、反動のようにあふれ出た涙が原形をとどめなくなるのをただ眺めていた。

 そして、昨日の彼の「やりたいだけやればいい」という言葉が、別れのあいさつのように聞こえて仕方なかったのだ。
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