さよなら、もう一人のわたし
 彼は仕方ないと言いながら千春の荷物を受け取り、部屋の中に入る。

 わたしも彼の後を追おうとすると、背後から腕をつかまれた。

「キスくらいした?」
「そ、そんなものするわけないでしょう?」
「キスくらいしたらよかったのに」
「そんなことできるわけないでしょう? つきあってもないのに」

 わたしはあくまで小声で彼女に告げた。
 千春が自分の兄に送ってきたのはそんな内容のメールだったのはないか。
 そう考えると尚志さんの態度にも納得がいく。

「つまんないの」

 千春は何を期待していたのか肩をすくめると部屋の中に入った。


 それから他愛ない話をして時間を過ごすと、家に帰ることにした。
 帰ろうとすると尚志さんに呼び止められる。

「送るよ」
「近いから平気ですよ」

 わたしは目をそらして答えた。
 千春の発言で、どうも彼の顔を直視できないでいたのだ。

「送るから」

 彼はそういうと強引にわたしの持つ紙袋を奪い、靴を履いた。
 リビングでは千春が顔を覗かせ、手を振っていた。
 彼女はわたしとお兄さんが付き合えばいいと思っているんだろうか。
 家の外に出ると淡い光が辺りを包み込んでいた。

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