火恋 ~ひれん~
「あの・・・でしたら、直接助けていただいたお礼にアイザワさんのお好きなものをご馳走させてください」

 彼の目を見ながら自然とそう口をついて出た。何か形で。感謝を手渡したい気持ちがいつになく強かった気もする。
 いくら由里子さんの知り合いだとしても見知らぬ他人。普段の自分だったら到底あり得なかったのに。

 僅かに目を細めたアイザワさんはややあってから溜め息雑じりに、口を開いて言った。

「あんたみたいな女が礼をしたいなんて言ってみろ。ホテルに連れ込まれて自分が喰われるのが関の山だ。もう少し考えて物を言え」 

 それから真顔を覗かせ、まるでわたしを諭すように。淡々と。

「・・・男の本性を侮るなよ。所詮は女を征服したいだけの動物だ、もっと警戒しろ。さもないと・・・今日の二の舞になる。おそらく店でも無防備に客を相手にしてるんだろうがな。少しは懲りたらどうだ。次は助けてやれんぞ」

 云われていることは、・・・その通りだと思う。小さく俯く。

 自分はただ誠意ある接客を心がけてるだけのつもりで。来店されたお客様に気持ちよく買い物をしてもらえるよう、笑顔を忘れずに。けれど。
 アパートまで知らずに尾けられて一方的な感情を突き付けられる。不気味で、理解不能な他人のロジック、・・・思考。これも現実だ確かに。

 これからはあまり親し気な態度は・・・控えよう、男性でも女性でも。
 自分を護れるのは自分しかいない。それは自分が誰より解っていることなのだから。
 わたしは胸の内でゆるゆると深い呼吸を逃すと、顔を上げて彼と視線を合わせた。

「・・・そうですね。わたしは甘かったと思います。・・・すみません、有り難うございます。気遣っていただいて」

 すると彼は苦そうな、・・・困ったような表情を浮かべ「参ったな・・・」と呟く。それから、運転手さんに向かってこう言った。

「笹原町のいつもの処にやってくれ」

 承知しました、と短く返り、アイザワさんに視線を傾げると仄かに笑みを滲ませた。

「あんたも腹が減ったろう。美味いラーメンを食わせてやるから、悪いが付き合ってもらおうか」 


 
 わたしが渉さんにご馳走したのは、あれが最初で最後でしたっけ。
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