火恋 ~ひれん~
 クラウンの後部シートに彼と隣り合って座る。
 ウィンドゥのスモークも濃い目で、流れてく景色がよく見えない。緊張のあまり躰はしゃちこばって。口の中もカラカラに乾き切っている。

 やくざさんだから怖い、と言うより・・・アイザワさんのオーラに気圧されてしまってるのだ。黙っていても人を寄せ付けない孤高の空気に。
 それこそ清水の舞台から飛び降りる決死の覚悟で。わたしは静まり返った車内で小さく声を振り絞った。

「あの・・・っ」

「・・・何だ」

 彼がこちらに視線を傾げる。

「あの、どうして助けていただいたんでしょうか・・・?」

 自分で質問しながら変な訊き方だなと思う。でも、普通に考えて見知らぬ他人を助けるいわれは、差別する訳じゃないけど、特にやくざさんには無い・・・って言うのは偏見かしら。

「ユリに頼まれたからだ」

 即答された。ユリ。由里子さん? 警察では、通りすがりと聴いたけれど。
 はっと思い出す。忘年会の時、ガードマンみたいな人をお願いした・・・って。

「店の子がストーキングされそうだから、どうにかしてくれってな。俺は便利屋じゃないんだが」

 全く、と溜息交じりの横顔を覗かせる。
 由里子さんとこのひとの関係がどういうものなのか、真っ先に頭を掠めた。彼の口振りからは二人がかなり親密なのが伝わる。・・・でもそれはわたしが踏み込んでいい領域じゃない。そっと片隅に追いやる。

 大事なのは、もし由里子さんが彼にお願いしてくれなかったらどうなっていたかだ。あの男性がもっと酷い狂気に走る前に止められた。止めてくれた。彼が世間一般では極道と呼ばれるひとなんだとしても、わたしにとっては。

「すみません、本当に助かりました・・・。どうお礼をしたらいいでしょう?」

 極めて真面目に言ったつもりだった。心から感謝の気持ちで。
 彼は少し目を見張るようにしてから困ったように、口の端を微かに緩めた。

「別にあんたが頼んだ訳じゃないだろう。ユリに一つ貸しが増えただけだ。礼ならあいつに言うんだな」

「それは勿論・・・由里子さんには何から何までお世話になってますし、大好きなシュークリームを一年分お礼したって足らないぐらいです・・・!」

 思わず力説。

「ああ、あいつ甘いもの好きだったな」

 今度はクスリ、と口元を綻ばせた彼。
 ・・・笑ってくれた。そう思った時、胸の中がふんわりとした。少しだけ心臓が波打った気もしたけれど。


 
 あの瞬間に・・・本当はもう貴方に恋をしていたのかも知れない。 
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