火恋 ~ひれん~
 先に見える、ライトアップされた朱塗りの橋を渡ってから、少し長めの石段を昇れば山仙楼閣はすぐだ。
 闇に山の陰が黒く大きく、温泉郷を守護するように四方に佇んでいる。そして清流の絶え間ないせせらぎ。日常からかけ離れた、こんな荘厳な世界がそう遠くない場所に在ったのだと感動する。
 テレビや雑誌でただ見ているのとは本当に違った。普通の人にはありきたりな事が。わたしにはすべて鮮烈。

 隣りを歩く渉さんを見上げる。伝える言葉も見つからない。ありがとうだとか、嬉しいだとか。こんな簡単な言葉じゃ足りない。足りない。足りない。
 いつも毅然とした横顔。好き。・・・大好き。貴方がどうしようも無く好き。

「・・・どうした」

 不意に立ち止まり、渉さんがゆっくりとこっちを向く。腕が伸びて来て、指がわたしの目元を拭った。

「相変わらず泣き虫だな、織江は・・・」

 だって。貴方を想うと勝手に涙が溢れちゃうんです。胸がいっぱいになって苦しくなって、切ないのか哀しいのかも分からないんです・・・・・・。

「今は泣き止めよ。・・・美味い飯を食って風呂に入って、それでも泣きたかったら好きにしろ」

 子供を少し厳しく諭す、そんな口調で。

「・・・・・・ごめんなさい」

 自分の掌で両頬の涙を拭い、おずおずと彼の目を見る。怒ってはいない。見守るような静かな眼差し。
 ああ。このひとが居てくれるから、わたしは。
 貴方さえ居てくれたら、わたしは。
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