火恋 ~ひれん~
 初めて。渉さんが惑うのを感じた。
 いつでも自分が正しいと信じた事を、言葉にして来たのだろう。

 彼が『引き返せ』と言ったのは、わたしを未知の危険から守るため。
 極道の世界に『巻き込んだのが間違いだ』という意味なのも知っている。
 それが彼の義であり、優しさであり愛だということも。

 でも間違ってる。
 貴方も、わたしの愛を受け止めるべきだから。
 渉さんのすべてを愛すると決めたわたしを、受け止めるべきだから。

 殺して、と言った時。わたしは本気だった。
 生きる意味が無い。貴方が居ない世界でなんて。
 その瞬間、彼が揺らいだ。 
 卑怯な云い様だったかも知れない。それほど、本気だった。


 渉さんは言葉を探すように押し黙っていた。
 僅かに逸れた眼差しが彼の、少なくない葛藤を窺わせていた。
 何と何を秤(はかり)にかけて迷うのか。
 目の前の貴方のことしか考えていないわたしは、浅はかで分からない。
 分かりたくないんです、今は。
 わたしを貫くために。

 聞き分けが無くてごめんなさい。
 譲れなくて、ごめんなさい。
 
「・・・・・・ごめんなさい、渉さん。どうしても無理なんです、わたしはもう。渉さんのため以外には・・・生きるつもりが無いんです」

 わたしには。死んで悲しむ家族もいない。だから生きる事に執着がない。死ぬ事に恐れもない。
 誰かを愛しても、愛されても。天涯孤独のわたしは不憫なだけで受け容れがたいでしょう。独りで生きて、他人に迷惑をかけず出来る限り早く、ひっそりと天命を終わらせられたらいい。
 わたしの願いはそれだけでした。

 なのに。
 どうしてあんなにも渉さんに惹かれたのか。今だって、貴方に貰うばかりで。
 この命の使い途(みち)なんて、たった一つしかないんです。

 わたしは最後にそう言い切り、微笑んだ。
< 88 / 189 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop