リアルな恋は落ち着かない
「あの、ありがとう・・・」

関内駅に着いたところで、傘をたたんだ彼に言う。

駅までの道は、雨もひどくほとんど無言で過ごしていたから、その一言でさえ、私は緊張気味だった。

「いえ。・・・すいません、傘、あんまり役に立たなかったですね」

「ううん。そんなことないよ。どうもありがとう」

確かに、身体全体が雨に濡れてしまっていた。

けれど傘がなかったら、こんな程度じゃないと思った。


(あっ・・・それより)


「ごめんね、五十嵐くんこそ、すごい濡れてる」

見ると、私以上にスーツが濡れてしまっていた。

髪からしたたる雨のしずくも、冷たそうに彼の顔を濡らしている。

私はカバンからハンカチを取り出すと、それを彼に手渡した。

「これ・・・よかったら」

「・・・ああ、大丈夫ですよ。橘内さんが自分に使ってください」

そう言うと、五十嵐くんはスーツのジャケットをバサリと脱いだ。

そして自分のハンカチで濡れた部分を拭き取ると、そのジャケットを、突然私の肩にかけた。

「!?」


(な、ななな・・・え!?)


これは一体、どういう流れでこうなった!?

いきなり肩にかけられた、五十嵐くんの大きなジャケット。

意味がわからず、だけど顔は熱く火照っていくばかり。

動揺して、思わず脱いでしまおうとすると、五十嵐くんは私の手を止め、再度肩にかけ直す。

「着てたやつで申し訳ないけど。表面しか濡れてないんで。かけてて下さい」

「で、でも、なんでっ・・・」

「・・・服、すごいことになってるし」

「え?」

一瞬だけ、五十嵐くんは私の胸元に目を向けた。

その視線の先を追うように、かけられたジャケットの隙間からのぞく、自分の胸元に目線を移すと。
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