あなたとホワイトウェディングを夢みて
「恋人との久しぶりの抱擁なんだ、君は俺が欲しくないのか?」
「私だって会えなくて寂しかったわ。でも……」

 『ここは会社だから』と言いかけた留美の唇を再び郁未の唇が襲う。これほど郁未の情熱が凄まじいものだと知らなかった留美は、求められることの嬉しさより、激情に駆られる郁未の愛情を怖いとさえ感じる。
 それでも、女として想う相手から求められこれほど女冥利に尽きる事は無い。

 すると、部屋のドアが開く音がしたのと同時に、『ガチャーーーン』と食器と金属音の衝撃音が室内に響き渡る。
 気の利いた秘書が朝のコーヒーを運んで来たのだ、香ばしい香りのコーヒーをトレーに乗せて、モーニングコーヒー代わりに飲むコーヒーを出社直後の郁未のデスクへと。

「……」
「……」

 一瞬、この空間だけ時間が静止したようにそれぞれの動きが止まる。
 顔を真っ赤に染めた秘書は驚きで立ち竦み、動くに動けない。専務と部下のラブシーン、ソファで卑猥にも専務の膝の上で抱き合う二人の服が少々乱れているのだ。今すぐ部屋から出るべきだと分かっているが床に落としたトレーとカップの片付けを放置も出来ず、困惑した秘書は両手で顔を覆い隠すのが精一杯だった。
 突然の秘書の出現に郁未と留美は呆然とする。勤務時間中、社内でこの体勢は気まずいと、すぐにでも郁未から離れなければならないのに、突然の出来事に頭の中が真っ白になった留美は郁未に抱きついたまま微動だにしない。
 すると衝撃音に驚いた秘書らが次々と専務室へと集まって来た。

「も、申し訳ございません! まさか、……とは思いませんで」

 『いったい何事?』と何人もの秘書らの声が聞こえてくると、その声の多さにやっと正気に戻った留美は慌てて郁未の膝の上から下りていく。秘書らに背を向け顔を隠そうとする留美を見て、郁未はソファから立ち上がり秘書らの方へと歩いて行った。少しでも留美から秘書らの視線を逸らす為に――
< 216 / 300 >

この作品をシェア

pagetop