あなたとホワイトウェディングを夢みて
 仕事へ戻る絶好のタイミングだと感じた留美は『失礼します』と呟きドアへと急いだ。
 着信音からその電話が父親の俊夫からのものだと気付いた郁未は『続きはまた後で』と、愛しい女性へ向ける微笑みを浮かべながら留美を部屋から送り出した。
 廊下を歩く留美の足音に耳を澄まし、留美が部屋から遠ざかっていくのを確認してから鳴り続く携帯電話を掴んだ。電話の相手は俊夫だ、留美には聞かれたくない会話の可能性が高い。留美だけでなく秘書らにもこの賭けを知られては困る郁未としては、人の気配がなくなってから電話に出る必要があるのだ。

「はい、郁未です」

 留美を手中に収めた郁未としては声が自然と弾んでしまう。父親との賭けに勝った者として誇らしげな態度だ。

「ずいぶんと機嫌が良いな。宝くじでも当たったのか、息子よ」

 仕事以外の電話をかけてくる父親に対していつもなら辟易するところ、今日は朝から留美と熱い時間を過ごせたこともあり余裕綽綽だ。それに勝者の気分を味わうと上から目線で俊夫との会話にも弾む。
 二人がそんな会話をしているとも知らず、エレベーターへ向かう留美は秘書室の前を通り過ぎようとした。すると、秘書らの心ない噂話が聞こえ来ると、留美は急いで郁未の部屋へと戻っていく。

(やっぱり秘書課では噂になってる。あの様子だと今日中に社内に広がってしまうわ)

 熱々なラブシーンだけでなく、留美の左手薬指の指輪に気付いた秘書が指輪の出所の噂で盛り上がっていた。地味でお堅くて魅力に欠ける部下で、おまけに情報処理課というオタクっぽい職種の女を専務が本気にするはずがないのだと。
 左手の指輪は単なる戯れで他の男から贈られたか、自分へのご褒美に自分で購入したものだろうと、それは耳をふさぎたくなるような誹謗中傷が飛び交っていた。
 心苦しい留美としては、この事態をなんとか収拾し社内に広まらないように郁未から手を打って欲しいと頼むつもりだった。
 なのに、留美が専務室のドアの前までやって来ると、完全に閉まりきれていないドアの隙間から郁未の電話の会話が聞こえてくる。
< 219 / 300 >

この作品をシェア

pagetop