あなたとホワイトウェディングを夢みて
「だからその件は俺の勝ちですよ」

 誇らしげに喋る郁未の会話から、それは商談がまとまったのだと喜びの声かと思えた。折角の会話を中座させる訳にもいかず、秘書らの件については業務終了後の夜にでも電話で話せば済むだろうとエレベーターの方へと向かおうとした時だった。

「ええ、あの女は俺が落としましたよ」

 耳を疑うセリフが聞こえてくる。
 『あの女』とは誰のことで、『落とした』というのはどういう意味なのか。仕事とは無関係としか思えないセリフに留美の足が止まる。

「実に簡単なものでしたよ。俺に掛かれば造作も無い」

 郁未の弾む声、不敵な笑みを浮かべ得意気に話している郁未の顔が目に浮かぶ。留美は会話の内容に身震いし背中に冷たいものを感じると、一刻も早くこの場を離れたくなりエレベーターホールへと急ぐ。
 エレベーターのドアの前までやって来ると何度もボタンを押し扉が開くのを待った。しかし、エレベーターは上層階へと上がって行く。ここより上にあるのは社長室だけ。
 エレベーターが下りるのを待っても役員の誰かと鉢合わせするかも知れないし、乗り合わせる可能性もある。それを嫌った留美は隣接する階段へと行った。
 階段を降りていく留美だが、郁未の言葉が頭の中で木霊し足が止まる。郁未の会話で『勝ち』という言葉が気になって仕方ない。何かの勝負事なのか、それとも商談で仕事を勝ち取ったという意味なのか。

(違う。女を落としたと、確かに言ったわ)

 クライアントに対する言葉ならばそんなセリフは有り得ない。友人の聡との会話とも考えられない。聡相手ではあの言葉遣いは不自然だ。
 誰と何の目的であんな会話をしていたのか、知りたい反面知るのが怖い留美は身体が硬直し動けなくなる。
< 220 / 300 >

この作品をシェア

pagetop