あなたとホワイトウェディングを夢みて
 人を賭けの対象にしただけでなく、純情な乙女心を弄んだ男の会社でのうのうと仕事なんてできやしない。元は敵対していた相手だ、想いが通じた二人の気持ちは強固なものだと思いたかった。だから一刻も早く、少しでも遠くへ、郁未から離れたかった。
 勤務時間中だが自分のデスクへ戻る気分ではないし、そこまで神経は図太くない。留美は自宅アパートへと向かっていた。
 もし、仕事に戻れば必ず課長も田中も専務からの呼び出し理由を問うはずだ。頭が混乱し、パニックを起こしかけている今の状態では情報処理課へは戻れない。
 留美は通勤用のバッグをデスクに残し会社を飛び出していたことに気付かないほど思考回路が鈍っていた。そして、人混みを避けたくて迷路に迷い込んだように裏路地を通り抜け自宅アパートまで帰って行った。
 自宅玄関前までやって来て留美は鍵も持たずに会社を出たとやっと気付く。

「最悪……」

 目の前には自宅アパートのドアがあるのに、鍵穴に鍵さえ挿せば自分の部屋へ入れるのに、会社に荷物を置いてきてしまった留美は自分の部屋から締め出されている状態だ。
 いつまでも開かないドアの前に立っていても、行き来するアパートの住人から奇妙な目で見られるのが落ちだ。
 留美は仕方なく会社へと戻って行くことにする。
 まるで刑場へ赴く囚人のように青ざめては生気が感じられず、歩く足取りは鉛のように重い。それでもいつかは会社へと辿り着く。
 それほど時間はかからずに会社のエントランスまでやって来た。敷地内へと足を踏み入れる留美の脳裏には、今朝方の幸せに満ちた郁未とのラブシーンが思い浮かぶ。
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