あなたとホワイトウェディングを夢みて
「ご飯は食べたくないわ」

 現実が見えた留美は茶の間へ行っても食欲がわかず、そう呟く。食べ物が喉を通りそうになく、無理に食せば吐きそうだ。
 けれど、家に集まって来た親戚の人たちみんなの幸せそうな表情に、留美は結婚式を拒む勇気はない。もう、後戻りができないと悟ると座敷の方へと向かう。

「花嫁は胸がいっぱいだとさ」
「あとで旦那に可愛がって貰えよ」

 背後から従兄弟らの卑猥なセリフが飛んでくるが、今の留美の耳には届いていない。
 郁未との完全な決別に胸を苦しめているだけに周囲の言葉など何も耳に入って来ない。
 
「さあ、綺麗な花嫁に変身しましょう」

 留美が座敷に入ると誰かがそう呼びかけた。すると、座敷にいた父親や着付けに関係ない親戚の者たちが次々と部屋から出て行く。
 花嫁衣装のすぐ横に畳一帖程度の濃紺の敷物が敷かれ、そこに木製の椅子が用意されていた。
 促された留美がその椅子に座ると、いよいよ花嫁へと姿形が変えられて行く。髪を梳かれ結われて行くと、化粧を施され肌着を着せられて行く。
 それから何人もの美容師の手によって、留美は日本一の花嫁へと仕上げられて行く。

 一方、挙式を控えた結婚式場では粛々と挙式と披露宴の準備が行われていた。

「今日は盛大な披露宴があるのよ。絶対にミスは許されないわ。それに、例の特設会場も手抜かりはないわね」
「チーフ、昨日も何度もチェックしましたが、演出は完璧ですよ」

 留美の家はごく普通の家庭だが、相手の家はとても裕福な家柄だ。
 結婚式場は、新郎側の家柄を知るや否や、ほんの些細なミスが式場の命取りになると、それだけ影響力の大きな得意先であると、今回の挙式には細心の注意を払う。
 そんな中、佐伯家の送迎バスが結婚式場のエントランス前へやって来た。
 挙式に参列する花嫁一行は、父親をはじめとする男性陣は殆どが洋装だが、母親を筆頭に女性陣はすべて和服姿で、それは見事なまでの圧巻の光景だ。その中でもひときわ目を引くのが留美の花嫁姿だ。
 綿帽子に純白の花嫁衣装でしおらしくバスから降りてくる姿に、出迎えた結婚式会場のスタッフらは大きな溜め息を吐く。
< 292 / 300 >

この作品をシェア

pagetop