彫師と僕の叶わなかった恋
障 壁 ・・・・3

シンジが帰った後、レイは一人で考えていた。

自分でも男らしく無いとは思ってはいるがどうしても

マサルの存在が許せなかった。

“違うところ、いや、あの人と知り合っていなければ
ただのオヤジとしか思わなかっただろう”

と自分でも理由は分ってはいたが、どうしてもそんな自分を止める事が

出来なかった。

翌日スタンドに行くと、仲良くなったはずの若いスタッフの子達が

ニヤニヤしてこちらを見ていた。

“あ~噂が広まるのは早いなー”と思ったが

僕自身でさえ昨日のショックから立ち直れていなかったので

さほど気にはなら無かった。

店長だけが「災難だったな」と声を掛けてくれた。

身の置き所の無いまま、仕事も終わり、家に帰って

風呂に入ろうして鏡を見ると、中途半端に仕上がった

TATTOOが目に入った。

僕は“ふぅ”とため息をついた。

悪い事続きで、これを完成させる気も起きなかった。

今まで不幸続きだた中でも、一つ幸運だったのは

あの惨めな姿をAkiさんにだけは見られていなかった

という事だけだった。

僕は、明日の休みは一日中、家で静かに過ごそうと思って眠りについた。

休み明け、まだこの間の夜の事を引きずってガソリンスタンドに

出社すると、店長とあの千野と名乗るおじさんが話をしていた。

千野さんは僕に気付くと

「おう、にいちゃん、この間は災難だったそうだな
あんまり気にせず頑張れよ」と声を掛けてくれた。

千野さんが帰った後、僕は店長に聞いてみた。

「店長、千野さんご存じなんですか?」

「ああ、外車の中古車販売してて、うちのスタンドを気に入ってくれて
整備とか色々とうちに出してくれるんだ」

「そうなんですか。僕はてっきり、ガソリンを入れに来る
普通のお客さんだと思ってましたよ」

「そう言えば、安藤君、だいぶ前に千野さんの車の傷を
直してあげたんだってな、千野さん喜んでたよ」

「喜んでくれたのなら僕も嬉しいです」

しかしその夜、また例の若い子がガソリンスタンドに来た。

今度は21時50分に来て給油レーンにあるインターフォンで

呼び出してきた。

「お前んとこのガソリンが噴出して車に掛かっちゃたじゃねーか。
ふざけんなよ、とっと来いよ」

「はい、いま伺います」と言って飛び出しって行ったのは店長。

そう、この日は運よく店長と二人で遅番に入ったので

僕の代わりに店長が対応してくれたのだ。


店長が対応している間その若い子は、睨みつけるような目で

僕の事をずっと見ていた。

その日はごねる事も無く若い子は帰って行った。

店長に聞くと“ノズルの差し込み方が悪かっみたいだが

どうも意図的に変な差し込みをしていた様だ”と言っていた。

その話を聞いて、どうやら狙われているのは僕ではなか・・・・と思った。

レイはスタジオでシンジの帰りを待っていた。

「レイさん、すいません。今回は失敗しました」

「失敗って何が?」

「今回、あいつじゃなくて店長が出てきちゃって
あいつ事務所から出てこなかったんですよ」

「お前、本当に役立たねーな。今回はバイト代ねーからな」

「マジっすかー、次はちゃんとやりますから
ガソリン代だけでもお願いしますよ~」

「ほれ、ガソリン代な、今日はもういいから帰れ」

「はい、じゃあ次の時、また連絡ください、失礼します」

シンジがエレベーターに乗った後、レイはそこに有ったガラスの

灰皿を壁に向かって思いっ切り投げつけた。

厚いガラスが割れる音がスタジオ内に響きわたった。

その灰皿は危なくAkiに当たりそうになったが

そのガラスもガラスの破片もAkiには当たらずに済んだ。

レイは持っていたウィスキーを口に流し込むと、スタジオを去った。

そんな姿を見たAkiは“嫌がらせをうけるマサルの気持ち”と

“嫌がらせをするレイの気持ち“の両方を考えると、自分でも

どうしていいのか分らずスタジオで静かに泣いていた。

たまたま、帰る際に翌日の予約の確認をするのを忘れてしまい

その確認に来ただけだったのに、まさかこんな出来事に出くわすとは

思ってもみなかったから・・・・。
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