彫師と僕の叶わなかった恋
出会い
出会い ・・・・1

決めたのはいいけど、今までそう言う事に詳しい人は、立川君以外に

知り合いが居なかった僕は、何から初めていいのか分らなかった。

あの時は、まさか自分がTATTOOを彫るとは思ってもいなかったので

立川君の話をちゃんと聞いて無かった。

一先ず、立川君に聞いてみようと思い連絡してみると立川君は

「自分の彫った店潰れたみたいなんすよ。ネットとかで探せば
色々出て来ますから検索してみればどうですか?
でもマサルさんも彫るんっすか?」

と問いかけられて、僕は正直に“自分を変えるため”とは言えず

立川君には「いや~ちょっと前に立川君が見せてくれたのが
カッコいいな~って思ってちょっと興味がわいたもんだから・・・・」

と嘘をついた。

立川君は「そうなんですか、じゃあ、また何か有ったら何時でも連絡下さいね」

と言って電話を切った。

また自分で決めた事から逃げ出してしまった自分が情けなかった。

翌日、仕事をしているとどこからか怒鳴り声が聞こえて来た。

良く見ると、新人のアルバイトの子がお客さんに怒鳴られているようだったので

近づいて行って事情を聴くと、その子がお客さんにタメ口で対応して

しまったらしく、お客さんからどうなってんだ、の大騒ぎになっていた。

その日は店長が休みで、僕が店長の代わりをしていたので

何とか事を納めないといけない。

僕と新人の子は丁重に謝るがお客さんの怒りは収まらず

「店長を呼べ」と更に怒鳴り始めたので

僕は「今日は店長が休みなので、私が代理で来ております」

と言うと「じゃ、お前が土下座しろ。ここの教育がなってないから
不快な思いをしたんだから、土下座して詫びるのが当然だろう」

と全く交渉の余地をみせてくれ無い。

僕は、これ以上事が大きくなると店の印象も悪くなるので

お客さんに

「すみません、ここでは流石に他のお客様の目も有りますので出来れば
事務所の方でお詫びいたしたいのですが」

と言い怒っているお客さんに事務所まで来てもらい土下座をした。

お客さんは「次からこんな事ない様にしっかり教育しとけよ」

と言って帰っていった。

新人の子に話をしようとしたら

もう別のスタッフと笑いながら仕事をしていた。

僕は自分の情けなさと、人望のなさに自分で自分が嫌になった。

そして、本気で自分の何かを変えなければと思い

その夜TATTOOスタジオを検索した。

検索すると、渋谷に、TATTOOスタジオが有るのを見つけた。

場所もファイヤー通り沿い、と分りやすかったので翌日

早速に予約の電話を入れて、空いている日の一番早い日を予約した。

予約の当日、僕は完全にビビっていて朝からお腹が痛くなっていた。

今からでも遅くない、キャンセルしようかと思うぐらい

何度もトイレを行ったり来たりしていた。

でも、何度も自分に“変わるんだ、僕は変わるんだ”と

言い聞かせていたが、全然落ち着かないので

予約時間よりもかなり早くに家を出た。

渋谷に着くと余りの人の多さにどこをどう歩いていいのか分らず

人を避けながら歩いていたら道に迷ってしまい

家を早く出て正解だったと思った。

スタジオの場所を確認し、それでもまだ一時間はあったので

隣のコーヒーショップに入って時間を潰した。

アイスティーを飲んでいるにも関わらず、緊張で顔が火照っているのが

自分でも分る。

その間も、初めての経験で、しかもそんな危ない所に行った事も無いので

どんな人が出て来るのか?

何もしてないのに法外な値段を請求されるんじゃ無いか?

など悪い事ばかりが頭に浮かび、未だに決心がつかないままだった。

しかし、そんな事を考えている内に約束の時間になってしまった。

キャンセルも出来たのに、変に律儀な僕は約束は守らなければ

という変な信念で恐る恐るそのスタジオへ向かった。

スタジオのある雑居ビルに入った瞬間にやっぱり帰ろうかと考えた。

そこは薄暗くて、今風の子達が“たむろ”していた。

見つかる前にエレベーターに乗り込み

ネットで調べておいた六階のボタンを押した。

エレベーターが六階で止まり、扉が開く

“あれ?”

想像していたより明るくて清潔な感じのスタジオで

とても入りやすそうに見えた。

しかし、見た目と中身は違う事もある、僕は、そーっと扉を開けてみた。

真っ白なスタジオに入り、どうしたら良いのか分らず突っ立てると

奥から女の子が出てきて

「いらっしゃいませ」と言って出迎えてくれた。

僕は「予約していた安藤です」

と言ったつもりだったが、よほどの緊張で声が出なかたのか

女の子から「え?」と聞き返されてしまった。

今度は落ち着いて

「今日、予約していた安藤です」とはっきりと、言う事ができた。

女の子は「安藤様ですね、少しお待ち頂いてもいいですか?」

と言い残し、また奥へと入って行った
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