イケメン伯爵の契約結婚事情

「わっ」

「ここならだれにも見られませんよ。一番高くですから」

「……え」


確かに、持ち上げられれば部屋にいる人間の中で背は一番高くなる。普段見ることのないフリードやエミーリアのつむじが見えるし、今まで目に入っていなかったシャンデリアの細工までも見えた。
こうやって上を見上げれば、きっと下にいる人からは顎しか見えず表情を読まれることもないだろう。


「だからあなたの好きなようにすればいいんです」


トマスの声が、胸にしみる。

“男の子として生きなさい”
“毎日勉強をして教養を身につけなさい”

父や母から課せられた鎖が、ほどけていくような気がした。


「……お前が自由奔放に育った理由がわかったような気がした」


呆れたようなフリードにエミーリアが唇を尖らす。


「どういう意味よ。別にトマスに甘やかされたわけじゃないわ」

「そうですよ。ベルンシュタイン伯爵も大概甘やかしてましたよ」

「ああ、そんな感じだな。知ってたか? 俺はだからこそ、お前を選んだんだ。大切にされ、大切にできる娘なら、一度した約束を裏切るようなことはないだろうと思ってな」


途端に、エミーリアが真っ赤になる。照れ隠しのようにおろした髪の毛に指をまきつけながらボソリと呟いた。


「それは初耳だわ」

「だろうな。初めて言った。……だから、マルティナのこともお前たちに任せる。お前は人を大切にすることが上手だ。マルティナを幸せそうに笑える娘にしてほしい」


フリードが、エミーリアの目じりのほくろを触る。
その時の嬉しそうな顔が、マルティナが好きなときの母親の表情とそっくりで、なんとなくまた泣けてきた。


「大丈夫ですか、マルティナ様」


抱き上げてくれている従者にしがみつけば、優しく背中を撫でながら、いつまでも高い位置で抱き上げてくれている。

お尻の辺りに腕の震えを感じ、それでも平然とした顔で抱き上げ続けてくれてるトマスに、次に顔を上げるときは、きっと笑ってみせるとマルティナは誓った。



【Fin. 】


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