奏 〜Fantasia for piano〜
それから三時間ほど勉強し、ノートと参考書を閉じると、時刻は一時。
家の中はシンと静まり返り、家族はみんな夢の中にいるようだ。
私もそろそろ寝ないとと思って、鞄の中に明日の時間割の教科書を揃えていた。
鞄を閉じようとしたけど、つい愛用の手帳を取り出してしまう。
表紙をめくると、写真の中で無邪気に笑う、奏と私。
ピアノ、辞めてしまったんだ。
私のことも、よく覚えていないって……。
溜息をつかずにはいられない。
椅子に座り、写真を見つめたままで、がっくりとうなだれていた。
いつか、ピアニストになった奏の演奏を聴ける日が来ると、心から信じていた。
こんなにショックを受けたということは、奏の夢は、私の夢でもあったのかもしれない。
もう一度、聴きたい。私を救ってくれた、あのときの演奏を。
十二年経った今でも、奏の音が耳に残って離れない。
心が曲の世界に引き込まれるような演奏だった。
一音一音が光の粒のように煌めいて、それが折り重なると美しい光の帯となり、波打ちながら私の心を流れていった。
奏が弾く、ドビュッシーの『月の光』をもう一度聴きたい。
自分で弾いても、なんの感動も起こらない。
有名なピアニストのCDを買って聴いても同じ。
この曲だけは、奏じゃないとだめなのかも……。