奏 〜Fantasia for piano〜

でも朽ちてボロボロではなく、まだ住めそうに整備されている。

下草は短く刈られ、庭木も剪定されている。
香月の表札も、かけられたままだ。


奏の両親が定期的に訪れて、綺麗にしているのだろうか?

そんなことを考えていたら、耳にピアノの音が聞こえた。

ハッとして音のした方向を見る。

まさか、そんなことは……。


家の裏側には広い庭があり、六角形のピアノ部屋はその庭の端にある。

聞こえた音は、その方向からだ。


駆け出した私は、土に並んだ飛び石に足を滑らせながら、家の横を通って裏庭に出た。

庭の向こうは、かつて私が迷子になった森。

六角形のピアノ部屋が変わらずそこにあり、森の木の枝が三角屋根を撫でていた。


なにも変わってない……。

横板張りの外壁に、洋風の赤瓦の屋根。
アーチ型の出窓と、白い扉。

塗り直したかのように外壁の水色は綺麗で、あれから二十年近く経っているとは思えぬほど、記憶の中のピアノ部屋そのものだった。


さっき、ピアノが鳴った気がしたんだけど……あれ、気のせい?


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