恋する任務は美しい〜メガネ上司の狼さんと訳あり隠密行動〜
諍い果てての契り
すぐに荷物をまとめるといっても、すべてこの部屋で仕事をしてきたわけだし、片付けることもない。

わたしの使っていたノートパソコンはテーブルの上にないということは戸塚さんか鈴井さんが処分したんだろう。

「短い期間でしたが、ありがとうございました」

そういうのが精一杯でまともに大上部長の顔をみられなかった。

途中まで一緒に行こうと、横尾さんと並んで歩いた。
この重い扉を開けることはもうないんだ。

せっかくあおいさんと友達になろうとしていたけれど、『カントク』の内情が知られてしまっては困るだろうから、接触することはもうかなわないんだろうな。

エレベーターホールで横尾さんとエレベーターを待つ。
横尾さんもなんだかさみしそうにこちらをちらちらとみていた。

「横尾さんにまで迷惑かけてすみません」

「そんなことないよ。椎名さんと一緒に仕事ができて楽しかったよ。まっすぐにすぐに飛び出そうとする姿勢は大歓迎だ」

『カントク』の特別エレベーターに乗るのは本当に久々だった。

「素質はあると思っていたんだけど、いかんせん、上の命令が一番だからね」

と、声のトーンを低くしながら横尾さんは語った。

「また会えますよね。みんなに」

「うん。同じ会社で働いてるんだ。『カントク』の存在がわかったから、ますます自分の仕事に磨きがかかるんじゃないかな? 出世しちゃったりして、椎名さん」

と、軽い冗談を横尾さんが話してくれた。
暖かい気持ちになったけれど、エレベーターが地下駐車場について、会社へ向かうエレベーターに乗ろうとしたときだった。

「ここでお別れだ。椎名さん」

「横尾さん……」

「納得のいく仕事、していくんだよ。見てるひとは必ずいるからね」

「はい!」

会社側のエレベーターに乗り込むわたしに横尾さんが手を振って見送ってくれた。
扉がしまったとき、横尾さんのかなしい顔を思い出し、胸が痛くなった。
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