恋する任務は美しい〜メガネ上司の狼さんと訳あり隠密行動〜
受付のある1階エントランスへと到着する。
受付には当たり前だが野村加奈の姿は見えなかった。

『カントク』から異動するさい、あおいさんから聞いたのだが、野村加奈は希望退職を願いでて、会社をやめていた。

10階に到着し、休憩室のある廊下を通った奥の事業部へ向かう。
あたりまえだと思っていたこの光景はなんだか新鮮にうつる。

久々に戻る事業部はまるでしばらく休業して戻ってきたように普段通り、社員が働き動いていた。

それでも変わったことがひとつ。

すでに津島の席がなくなっていたこと。
津島は営業能力を買われ、別の子会社へ異動していた。

「おかえり! 椎名さん!」

先輩や後輩が声をかけてくれる。
いつものやりとりだった。『カントク』に入る前と寸分狂わない。
先輩から椎名さんの席、とってあるよ、と入り口に近い自分のデスクに案内された。

ホールの貸し出しに関する問い合わせやホールでのパンフレットの作成、送付、イベント会社との交渉の仕事をみて、わたしの仕事はこういうことをしていたっけ、と半ば懐かしい気持ちで取り組んだ。

それなのに、なぜか、みんなわたしのことを留学でもして帰ってきたような扱いでみている。

わたしを送ったときはかわいそうな目だけれど、あんなところへ配属なんて、ものめずらしい顔してたくせに。

「ねえ、『カントク』ってどういうところだったの?」

「いいところでしたよ」

昼休みになって一斉に先輩や後輩たちから質問攻めにあう。

しかし、守秘義務もあるから詳しいことは答えない。

それなのに、マイナスなイメージからか、悲観的に捉えられているからだろう、憐れみな目でわたしをみていた。

あんなに戻りたいと願っていたのに。仕事に対して報酬をもらう普通の社員として働いているのに。

「こんなところより立派ですよ」

「こんなところって。何カリカリしてんのよ」

ケバいメイクに洋服を着飾った女の先輩たちがわたしの言葉に対して困惑しながらも苦笑していた。
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