君の声が聞こえる
「安西さんは、自己紹介っていきなりいわれてもさらっとこなしちゃうのに。僕って本当……」
嫌になってくる、何もかも。
何もかもがうまくいかない、いつだってそうだ。まだ他の人の自己紹介は続いているが、聞けば聞くほど自分のような失敗をした人はいなくて、駆琉は机に突っ伏した。
一番前の席で黒い髪が揺れている。
駆琉の美しい運命の人は、自己紹介をしているクラスメートに視線を向けてこちらを見ない。
(もっと上手くいくって思ってた)
出会ってすぐに恋に落ちて、自分の何もかもを好きになってくれるものだと思っていた。無条件で、何もかもを愛してくれるとーーー……けれど現実は、自分は自己紹介の1つもうまくいかない。ようやく出会えた運命の人は、駆琉を見ることすらしてくれない。
嫌になるなぁ、と声にならない声で唸っていると、九条が軽く笑った。
「安西はそういうの慣れてるから。緊張とかしねぇんだよ」
「……そういえば、さっきもそんなこといってたっけ」
さすが安西とか、慣れてるとか、安西は緊張しないとかそういうの。
でも本当は彼女だって緊張しているんだよ、自分の苗字が嫌になるくらいには。
それを伝えたくて駆琉が口を開く前に、人懐っこいクラスメートはさらりと言う。
「安西はなーんでも出来るからさ、苦手なことなんてねぇんだよ多分。頭もいいし、運動もできるし、美形だし」
俺はちょっと完璧すぎて苦手だけど、と九条は付け足した。勇介が「な?」と笑いかけたとき、駆琉は目を丸くするしかできなかった。
(誰が、完璧?)
安西 彩花が? 自分の運命の人が?
自分の苗字を嫌がり、クラスの発表くらいで心の中で『あいうえお』と呪文を唱えるような彩花が?
確かに見た目だけならば完璧と呼ぶに相応しいくらい美しくて、お嬢様のような姿だけれど。けれど、彼女は決して完璧ではない。だって。
(僕はずっと、聞いてきたから)
「数学なんてなくなっちゃえ」と嘆く彼女の声を。「睡眠不足だから学校休みたい」と怠ける彼女の声を。「テストを作った人をタイムマシンで消したい」ととんでもないことを考える彼女の声を。「アラブの石油王と結婚しよう」と妙な決意を固めた彼女の声を。
毎日、毎日、ずっと聞いてきたから。
彼女の名前も顔もどこに住んでいるのかも知らなかったけれど、彼女がどんな人か知っている。
(誰も彼女を知らないんだ)
見た目にとらわれて、誰も「彼女」を見ていない。彩花の本当の姿を自分だけが知っている、そのことが駆琉にとって少しだけ優越感を覚えさせた。
このまま誰も、彼女の本当の姿を知らなければいい。そうすれば彼女を知るのは自分だけだ、そうだだって運命の人だから。
いつか彼女もそれに気付いてくれるだろう、自分だけが君をわかってあげられることに。
「完璧すぎて気味悪いけどな、安西って」
けれど、彼女が誤解されていることに、駆琉は少しだけ胸が痛くなった。
でも何が自分にできるだろう。自分だけが彼女の心の声を聞くことができて、自分だけが本当の彼女を知ることができる。誰も知らない、誰にも君の声は届かないのだから。
(僕だけが知っているんだ)
嫌になってくる、何もかも。
何もかもがうまくいかない、いつだってそうだ。まだ他の人の自己紹介は続いているが、聞けば聞くほど自分のような失敗をした人はいなくて、駆琉は机に突っ伏した。
一番前の席で黒い髪が揺れている。
駆琉の美しい運命の人は、自己紹介をしているクラスメートに視線を向けてこちらを見ない。
(もっと上手くいくって思ってた)
出会ってすぐに恋に落ちて、自分の何もかもを好きになってくれるものだと思っていた。無条件で、何もかもを愛してくれるとーーー……けれど現実は、自分は自己紹介の1つもうまくいかない。ようやく出会えた運命の人は、駆琉を見ることすらしてくれない。
嫌になるなぁ、と声にならない声で唸っていると、九条が軽く笑った。
「安西はそういうの慣れてるから。緊張とかしねぇんだよ」
「……そういえば、さっきもそんなこといってたっけ」
さすが安西とか、慣れてるとか、安西は緊張しないとかそういうの。
でも本当は彼女だって緊張しているんだよ、自分の苗字が嫌になるくらいには。
それを伝えたくて駆琉が口を開く前に、人懐っこいクラスメートはさらりと言う。
「安西はなーんでも出来るからさ、苦手なことなんてねぇんだよ多分。頭もいいし、運動もできるし、美形だし」
俺はちょっと完璧すぎて苦手だけど、と九条は付け足した。勇介が「な?」と笑いかけたとき、駆琉は目を丸くするしかできなかった。
(誰が、完璧?)
安西 彩花が? 自分の運命の人が?
自分の苗字を嫌がり、クラスの発表くらいで心の中で『あいうえお』と呪文を唱えるような彩花が?
確かに見た目だけならば完璧と呼ぶに相応しいくらい美しくて、お嬢様のような姿だけれど。けれど、彼女は決して完璧ではない。だって。
(僕はずっと、聞いてきたから)
「数学なんてなくなっちゃえ」と嘆く彼女の声を。「睡眠不足だから学校休みたい」と怠ける彼女の声を。「テストを作った人をタイムマシンで消したい」ととんでもないことを考える彼女の声を。「アラブの石油王と結婚しよう」と妙な決意を固めた彼女の声を。
毎日、毎日、ずっと聞いてきたから。
彼女の名前も顔もどこに住んでいるのかも知らなかったけれど、彼女がどんな人か知っている。
(誰も彼女を知らないんだ)
見た目にとらわれて、誰も「彼女」を見ていない。彩花の本当の姿を自分だけが知っている、そのことが駆琉にとって少しだけ優越感を覚えさせた。
このまま誰も、彼女の本当の姿を知らなければいい。そうすれば彼女を知るのは自分だけだ、そうだだって運命の人だから。
いつか彼女もそれに気付いてくれるだろう、自分だけが君をわかってあげられることに。
「完璧すぎて気味悪いけどな、安西って」
けれど、彼女が誤解されていることに、駆琉は少しだけ胸が痛くなった。
でも何が自分にできるだろう。自分だけが彼女の心の声を聞くことができて、自分だけが本当の彼女を知ることができる。誰も知らない、誰にも君の声は届かないのだから。
(僕だけが知っているんだ)