黄昏の千日紅
正門をゆっくりとした足取りで通り抜けると、目の前に大きく立派な桜の木が視界に飛び込んできた。
そして、それと同時に入り込む、桜と一体化するような、珍しい桃色の髪色をした男子生徒が、一人。
その青年は、ブレザーの制服をラフに着崩し、両手をズボンのポケットに突っ込みながら、桜の木をじっと見つめている。
彼の、桜を見つめる横顔がちらりと見えた時、私の胸に細い針が幾つも刺さったように、少し痛んだ気がした。
どこか儚げで、切ない表情を浮かべる彼は、この大きな桜の木に簡単に飲み込まれてしまいそうなくらい、か弱く小さく見える。
暫く彼は桜の木を眺めると、溜息を一つ吐いてから視線を落とし、校舎の方へと気怠そうに歩み始めた。
私の存在に気付くこともなく、背を向けて歩いて行く彼の姿は、何となく、今にも消え去ってしまいそうな程小さく、心細く見えた。
私は、その姿が見えなくなるまで眺めた後、歩みを進め、桜の木下で花弁を見上げる。
人々はこれを見て「美しい」と歓喜の声を上げるのであろう。
しかし、先程の彼はそんな生温い感情では見つめてはいない気がした。
果たしてあの彼は、一体何を思い、見つめていたのであろうか。
そんなこと、他人の私が解るはずないが。