黄昏の千日紅
男性はそのまま歩み始めると、不意にぴたりと足を止め、私の方へと振り返る。
その動作に私の胸が再び、とくんと音を立てて高鳴った。
「あのさ、」
「はい?」
何だろう。
胸の内がもやもやする。
何だこの感じは。
変な感じがする。
「俺の家、あのマンションの一二階」
「…へ?」
突然言われた言葉に、思わず間抜けな声が出てしまう。
「一二〇八号室ね」
彼は、右手で自分の体に段ボールを押し付けるようにして抱え、左手で建物の方向を指差す。
その指先の方向を追って見てみると、そのマンションは、この辺では有名な、高く聳え立つ高級タワーマンションで、私の頭の中が混乱し始めた。
彼は私の間抜けな面を見て、ふっと妖艶で不敵な笑みを零すと、私に背を向けて歩き始めた。