黄昏の千日紅
「さ、沢井くんだよね?」
私が恐る恐る言葉を発すると、コック姿の彼の表情が、ぱあっと明るくなり、私に満面の笑みを向ける。
「覚えててくれたんだ!いやぁ、高校ぶり?」
営業スマイルであったのか、接客モードのスイッチが入っていたのか、先程までとは打って変わって、表情も声の高さも突然変わる。
彼のテンションの高さが当時と全く変わっておらず、高校時代に戻ったような不思議な感覚になり、出そうになっていた涙は完全に引いてしまった。
「なんだ…玲央の友人って、沢井くんのことだったの」
私は微笑みながらも、少し呆気に取られたように目の前の夫に言葉を漏らした。
「ああ、驚いたか?」
妖艶に、しかも少し小馬鹿にしたような表情を浮かべ、こちらを見る夫。
「驚くよ!言ってくれても良かったじゃない」
「今日紹介するって言われたんだぜ。ったく水臭いよなー」
沢井くんが怒ったように、けれども嬉しそうな声色で話し始める。
「それにしても、坂下さん益々綺麗になったなぁ」
「あ、今は神崎か」と言って沢井くんは一人で笑う。
「ま、玲央の協力者の俺様には感謝しろよな?二人の恋のキューピッド!」
誇らしそうに鼻から息を出し、腕組みをして私達を交互に見下ろす彼の顔を見て私は少し吹き出してしまった。
玲央を見やると、呆れた表情をして「お前ほんとうるせえな」と彼に言い放った。