雨を待ちわびて
「直、大丈夫だったか。本当に貧血か?どこか悪いんじゃないのか?
携帯は?何故持って無かった…。
直?……直?」
…。
直が喋らなくなった。
あれから、もう、何日も喋らない。
心療内科を受診した。
俺は捜一の刑事である事、今は守田直の身元引受人という事で話をした。
「何か、思い当たるような事はありましたか?」
…。
仕事で当たり前の質問なんだろうが、刑事が来ているという段階で、何かあるに決まっているだろうと心の中で毒づいた。あった事を話せと言っているのだろうが。こっちは、あり過ぎて…、何からどういう風に話したらいいのか…考えているというのに。
事件に関係した事、直がされ続けた事を直が居ない別室で話した。
「心が壊れてしまったのでしょうか?」
「それは当然、そのような事があって…それからも。壊れてしまわなければいられないでしょう。死なないでいられる防御反応のような状態です。
今は、こうなりたいと思う気持ちに、そうはなれないと押さえ付ける思いが…限界になったのかも知れませんね。はぁ…もっと早く来れなかったのですか?
今となっては…昔の事とは言え、傷付いたままなのですから。身体もですが、…心、ですよね。
自己否定…。それを、また、考え始めてしまった。考えても、…無かった事にはならないと。
心は、特に、傷が目に見えません。平気そうにしているからと言って、心が本当に平気かと言えば、違いますよね?解りませんよね?元々どんな性格の持ち主か知りませんよね?
人は無意識に取り繕うとします。いくらでも、隠そうと思えば隠せます。嘘でだって、笑えます。笑顔は作ります。
でも、それも、もう無理になった、という事でしょうか。話さないという事は閉ざしてしまったという事です。
もっと、その…、殺人が起きた頃から来て頂いていたら良かったかも知れませんね。何も関係の無い人間になら話せる事もあります。好きな人に対する、嫌われるのでは無いかという思いも伴いませんので」
「…これからどうしたら…」
「どうでしょう。暫くこちらで過ごされて様子を見るというのは。今日からでも大丈夫ですよ。
何と言いますか、大袈裟に考えず、気分転換のようなつもりで過ごして貰えばいいと思います。ここが病院だとか、入院だとか、そんな風に考えずに。
環境を少し違ったところに置いてみるみたいな、そんな感じで始めてみませんか?
…長い間ずっと同じ部屋に居た訳ですし。自由な気持ちで自由に出掛けられたりも出来なかったでしょうから。
まず、少しでも、何でもいいから自分から吐き出せるように、始めてみましょうか」
「直には俺から言った方がいいんですか?ここに居るようになる事。嫌がったりしませんか」
「んー、こちらでお話しましょう。特に問題は無いと思います。今は誰が言っても、言葉としか届かないと思います。説明はこちらでしましょう。勿論、嫌なら無理にお預かりは致しませんから」
それ程、心は何も感知していないという事か。
「解りました、よろしくお願いします」
「はい、では、話してみましょう」